風転








作者:花村萬月
発行:集英社 2000.6.10 初版
価格:\2600

 『二進法の犬』以来の待ちに待った長編。しかも二千枚以上の著者記録となる大作。執筆に要した時間も凄い。一部と二部の間に二年以上ののブランクがあったというだけあって、この間の萬月の変化の激しさを物語っている貴重な作品でもある。

 いくつもの人間関係が物語中で展開されては、それぞれがそれぞれの動きのなかで劇的な影響を受けてゆく。出会いと別れの物語と言ってもいいのかもしれない。人間臭い人間たちの、それぞれの相性、交流の作法、関わりの形、などに興味が注がれてゆくような「ふれあい」を基調とした作品。

 なぜ深く理解し合える関係になれるのか、一見疑問に感じられるような不協和音のコンビネーションを敢えてつきつめて書いてゆくことによって、人と人の間の距離を詰めてゆく萬月の表現力は、あくまでこつこつと力強い。

 不釣り合いにしか思えない人たちの強引に切り結んでゆく性や暴力。これらの小説として具現化された形や行動様式は、さすがに萬月ならではの味わい。

 何よりも文章に酔える。一部よりも二部への萬月の劇的変化が心地よく感じられる。読んでいて読書の究極的な快感が確かにある。これは海外の作品には求めても得られない。母国語の美しさにどきどきしてくる。

 ラストはアクションで締めくくられはする。そこに至る追跡と逃走とのスリリングな大筋というのもある。しかしそれは人間たちを逆境へ押し流すための副次的要素なのかもしれない。この作品に連綿と流れる通底音は、あくまで人と人の触れ合いであり離別であるのだ。

 印象としては決着の付け方は、まあどう転んでもいいのかなという読後感でしかない。出会いと喪失の数々のほうにじんとくる。人間の情念をここまで表現しきるこの本のパワーこそが真骨頂であり、萬月の面目躍如たるところではないかと思う。切れば血の出るような鋭い感性が、やはりこの作家の持ち味なのだ。

(2000/06/17)
最終更新:2006年11月23日 20:50