ハード・キャンディ


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題名:ハード・キャンディ
原題:Hard Candy (1989)
著者:アンドリュー・ヴァクス Andrew Vachss
訳者:佐々田雅子
発行:早川書房 1991.4.30 初版
価格:\1,700(本体\1,650)

 さてヴァクスの第四作『ハード・キャンディ』。続けて読めて何という幸せ者! というのは、この本は基本的に新しい物語ではなく、これまでのバークの取り残してきたさまざまな事件を総ざらいしてしまうという内容だからだ。なんとなく『赤毛のストレーガ』で感じたマフィアの老依頼主ジュリオの獣的な悪をバークたちが見捨てていたのが心残りだったし、ストレーガの病からもバークは恐怖と寒気の中で逃避していた。『ブルー・ベル』の方は一旦は処理したかに見えた事件だったが、その事後処理がこの本に壮大なつけとなって回ってくる。『ブルー・ベル』を読んだ人なら、当然バークたちがやらかした大暴挙というか愚挙というかあのバイオレンスについて、このままただで済むはずがないだろうなあ、くらいの感想は巻末で抱かれたと思う。『ブルー・ベル』は、それだけバークはすさまじい決断を迫られたわけだが、本書はまたこれに輪をかけてド派手な展開となってしまったのである。まさにニューヨーク死闘編にクライマックスが訪れたのだ。

 前回バークの気遣いによりつんぼ桟敷におかれていた音無しの戦士マックスが、本編ではのっけから殺気を漲らせているし、今度はこれまでの二作でわずかに語られただけであった(しかし強烈なインパクトのあった)希代の殺し屋ウェズリィが登場してくる。タイトルのキャンディ自身はやはり幼児虐待の状況背景に関わる女性の名なのだが、前作で名前抜きで語られてた回想シーンの女でもある。他に前二作の登場人物たちジュリオやストレーガも加え、都会の裏の顔々が勢揃いして、街をまた新たな戦場へ変えてしまうのが、淡々と抑制の効いた文体だが妙にエネルギッシュなこの一作なのである。

 ある意味でそうした集大成本なわけだから、絶対に(!)ヴァクスをこの本から最初に読まないほうがいいと思う。前作・前々作のネタバレなんてものじゃ足りないほどなので、できることならページすら繰らないほうがいいと思う。

 登場人物は実に多彩で、怪しげな人物の百鬼夜行。前作でバークになめられてしまった二人の刑事たちにしろ、新興宗教の教祖か虐待の元締的存在なのか正体の掴みにくいトゥレインにしろ、最悪の屈折を遂げたようなキャンディ母娘にしろ、スクープ記者モアハウスや保護施設のリリィにしろ、すべての人間がとても個性的でよく描き分けられている。忘れ去られてしまうようなキャラクターが一人として登場しない作品というのも珍しいのではないだろうか?

 現代ニューヨークを背景にしてのすさまじい死闘の物語であると同時に、これは魂がいったん底に達してしまった行き場のないバークの再生への序曲でもある。さらにはバークがなりたがっていた男ウェズリィを登場させることによって、バークの生きざまをバーク自らが再確認してゆくしんどい作業でもあるのだ。また瞠目すべき背景となるニューヨークの一角。これは87分署の刑事たちが見た都会でも、アル中マットがAAへ行く道すがら眺めるニューヨークでも決してない。バークはいつも戦場を生きている。それは武器を装備しての文字通り戦いの戦場であると同時に、彼の彷徨える魂の内なる戦場であり、作者ヴァクス(幼児虐待専門の弁護士であった)の垣間見てきた地獄の風景でもあるのかもしれない。

 最後に、出版社の方ではハードボイルドの売りがしたいためなのだろう、バークは「無免許の私立探偵」なんてことを書いてあるのだが、これは全然事実ではない。バークは私立探偵どころかいかさまで飯を食っている犯罪者でありアウトローである。大抵の悪さならこなせるのであって、帯の文句が言うようにはハメットやスピレーンと較べてバークの方がとりわけハードだというのでもはない。いろいろ書いてある出版者側のキャッチフレーズや激賞の言葉の数々なんてこの作家にとっては全然必要がないのだ。実力だけで十分世界をのしていける作品であり作家なのだと、ぼくは断然言い切ってしまおうと思う。

(1991/12/05)