赤毛のストレーガ




題名:赤毛のストレーガ
原題:Strega (1987)
著者:アンドリュー・ヴァクス Andrew Vachss
訳者:佐々田雅子
発行:早川書房 1988.8.31 初版 1991.3.31 再版
価格:\1,900(本体\1,845)



ヴァクスを読んでない人はとりあえず手に取ったほうがいいと思う。請け合ってもいい。ハードボイルドか冒険小説かなんて範疇分けは、こういう本に限っては全然必要ない。とにかく非常に特異で緊迫した世界がこの作品にはあり、とても追い詰められて魂の辺境に立たされたような人間たちばかりが織りなす、素晴らしく異質な小説世界が展けるはずだ。

 まず第一作の『フラッド』から読みたいのに、その徳間文庫の上下巻が既に書店から消え失せ、再版されずにいるという、ヴァクス当人にとっても日本のヴァクス・ファンに取っても悲劇的な状況がここにある。おまけにその訳は悪評高いから、早川が版権を奪って佐々田雅子の新訳で再刊して欲しい、というのがヴァクス・ファンの基本的な望みであるようだ。とにかくそんなわけだからぼくは『フラッド』を抜きにして読み始めねばならなかった。ここでつらいのはフラッドという女性への激しい思いが、やたらめったら描写されていることだ。第一作はカンフー・アクションに近いようなことを聞いたことがあるけれど、どうやらフラッド自体カンフー使いの女性であったのかな? ま、これは読んでないので何とも言えない。

 そういうハンディを背負いながら『ストレーガ』の世界に第一歩を踏み出したわけだが、初っ端から主人公たちの暴力シーンが飛び出す。半端な暴力シーンではない。そして本題となる事件が実にゆっくりと始動するまでに、主人公バークの多くの回想シーンが断続してゆく。その回想シーンが、まずは凄まじくエネルギッシュでバイオレンスに満ちている。武装襲撃の記憶に続いて、刑務所内の静かなる戦いといったシーンがまず読者を日常から逸脱させてくれる。そして彼らの住むニューヨークがムショの外は言え、まさに魔都といった感じで、どこもかしこも危険に満ちて張り詰めている。バークという叛社会的な生き物が、奇妙な仲間たちと共に、獣性に満ちた幼児虐待の事件の究明に乗り出してゆく。

 どこから見ても「悪」の文字しか見つからないようなバークたちにとっても、唯一許し難い「悪」がある。それが幼児虐待であり、彼らはどうやらそうした変質的な事件を専門に請け負っているらしい。モンゴル人の凄腕の空手使い、音無しマックスとそのベトナム人妻イマキュラータ、スラムの黒人予言者プロフ、頭が半分壊れたような天才技術屋モグラ、バークの秘書役であるオカマのミッシェル、怪しげな中華料理屋の女将ママ・ウォン。こうしたチームに加えて、やり手の女検察官ウルフ、警察の中の唯一例外的に話ができる相手マゴーワン、虐待された幼児専門に面倒を見ているリリイなど、様々な人物が関わってくる。またバークのそばにいる巨犬ナポリタン・マスチフ、パンジィの存在も無気味で頼もしい。

 こうしてバークは仲間たちに囲まれ、その上、ボディガードとしてはこれ以上ないという狂暴な犬を飼い、こっそりと古ビルの隠れ家に潜み、大小の火器で武装し、ポンコツに見せかけた車をモグラに徹底的にチューンナップさせ、公衆電話一つにも盗聴の用心をし、影から影へと生きている。こうした簡単な状況説明だけでも、いかにこのシリーズが特異で張り詰めたものであるかがわかってもらえるのではないだろうか。

 物語の主軸は幼児虐待事件に怒ったバークとその仲間たち。彼らがどのように事件の真実を暴くかがストーリーの縦軸だが、ぼくとしてはむしろこの物語の幅をこそ重視したいと思った。タイトルのストレーガは赤毛の謎めいた依頼人で、本名よりはストレーガと呼ばれることを好む。魔女を意味するストレーガを……。その謎と神秘的で妖しいムードとが作品を少しばかり幻想的に深めていて、ラストシーンにインパクトを与えている。個性的というだけではとても足りない完成度の高い作品である。

(1991/11/28)