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フラッド




題名:フラッド
原題:Flood (1985)
著者:アンドリュー・ヴァクス Andrew Vachss
訳者:佐々田雅子
発行:早川書房 1992.2.29 初版
価格:\2,000(本体\1,942)



『赤毛のストレーガ』から『ハード・キャンディ』までを一気読みした後、徳間文庫版『フラッド(上・下)』を手に入れて……さあ悪名轟く翻訳だろうがなんだろうが、とりあえず読もうか……と思ったある日、ミスマガに本書、新訳の広告が出ていたのだった。これは待つしかない、と思った。そしてさんざん待ったから、大切に読んだ。

 ぼくの「大切に読む」というのは50頁を2時間くらいかけて読むという意味である。ある日「おれはゆっくり読んで文章を味わうのだ」と言ったら「俺は読むの早いけど文章味わっていないというわけではないよ」と反論されたりしたこともあるのだが、それでも思うのだ、俺は俺なりに味わうのだ……と。ま、とにかくたまにはこうして大切にじっくり読む。こうするとほとんどその作品の存在を忘れることがなくなり、一生その本はぼくのどこかについて歩くようになる。ちなみにぼくがドストエフスキーに明け暮れた年は、ドストエフスキーの有名な作品群を、ほぼ一年かけて読み耽り、他には何も読まずに過ごしたのであった。一点集中型読書ってやつだ。

 閑話休題。さて本来はこの本は、バークとその仲間の衝撃的なデビュー作なのだが、あいにくぼくは彼らの強烈な個性に既に親しんでしまっている。それだけでも既に『フラッド』の作品を純粋に味わうことはできなくなっているので、これからヴァクスを読もうという人が、ひとえに羨ましくってならないのだ。このシリーズは本当に連続しているから『フラッド』より発表順に読んでいくべきなのである。

 さて本書では何よりもタイトルのフラッドが特別ゲストであり、彼女の闘気こそが、作者ヴァクスの闘気と感じられる面が強い。また、改めてバークという男は、魔都ニューヨークでのサバイバル・ゲームのプロフェッショナルなのだ、と感じた。思わず苦笑したくなるほどの鉄壁の防御。自分を四方から能う限り束縛しているにも関わらず、それらの防御に囲まれて生き残る道を選んだバークの、臆病ながらも気の強い生き方。また、そのプライド。何故この街を出ないのだろう、という疑問に応える形での、ぶつ切りの回想が、バークという男を徐々にだが緻密に明かしてゆく。一冊では決して語り切れないバークとその街。仲間たち。そうしたストーリーのスタート地点が、この『フラッド』なのである。

 そしてヴァクス作品の奔放さをぼくは改めて強烈に感じた。物語からの饒舌な脱線が常にバークの世界や追憶を形作ってゆくのである。ある意味でのハードボイルド的な語り口。過度なまでの<意志>の描写。「語る」ということ自体で発揮される種類のエネルギイ。ひとりの人間に流れているはずの、決して整列することのない意識内時間。そうした描写=語り口の独自さが、小説的破綻などという批判を醸し出しもすれば、ぼくらに稲妻のようなカルチュア・ショックを与えたりもする。切り口の多い作家なのだと思う。

 ともあれカンフー・アクションの派手さの向こうに、ヴァクスという作家の凄まじい使命感が感じられる作品である。作品が闘っている。ぼくはその種の切り口に眼を凝らして、この本を読んでいた。

(1992/03/15)