サンセット・ヒート




題名:サンセット・ヒート
原題:Sunset And Sawdust (2004)
作者:ジョー・R・ランズデール joe R. Lansdale
訳者:北野寿美枝
発行:早川書房 2004.05.31 初版
価格:\1,900



 ミステリーとウエスタンとサザン・ゴシックをごそっと鍋に入れてぐつぐつと煮込んだような料理。そんなランズデールならではの味わいが、こってりといっぱいに詰まっている本書は、いつもながらの南部の湿度と1930年代のテキサス東部を背景にして、成熟したエンターテインメントとして完成しきっているかに見える。

 いきなり大きな竜巻に襲われるシーンに幕を開ける。屋根を吹き飛ばされ倒壊しつつある家の中で殴りつける夫を射殺するヒロインが、サンセット・ジョーンズ。夫と家とを同時に失い、娘だけを連れて彷徨い歩く古き南部。黒人と白人とがくっきりと隔てられつつも共存するその町には石油が噴き出していた。

 石油の利権に絡んだ陰謀の影に、胎児と女性の死体が発見され、この事件を捜査するのが、なんと治安官(保安官のさらに田舎版らしい)に任命されてしまったサンセット。黒人と女性が弱者であった時代に、正当防衛とは言え夫を殺したサンセットがこの物語での探偵を言いつかるという度肝を抜いた設定。肌身離さず持ち続けるのは45口径のリボルバー一丁。

 一方、入り乱れるキャラクターの多彩さが楽しい。殺人者である放浪の美青年ヒルビリーと、反骨の孤独者クレイドを助手につけて、建設会社の女社長である義母、森に住む伝説の巨人ブルに、変態度十分の悪漢マクブライドと多重人格障害らしい殺し屋ツー。凄まじい人間たちをタフな大地に放り出して、物語を進める荒業は、ランズデールならではのもの。

 そして『ボトムズ』『アイスマン』『ダークライン』と続いてきた南部ミステリーシリーズの新機軸としての本書は、アクションで幕を閉じることだろう。それも敵味方相乱れる決闘のシーンで。30年ぶりに姿を現して加勢する実父リーや、変節してゆくヒルビリーなど、必ずしもストレートに進まない展開の中で徐々に煮詰まってゆく勢いが素晴らしい。

 円熟の極みにあるミステリーとして、本国で発表されると間髪を入れず翻訳されたホットな新刊。『ボトムズ』の訳者は姓を改めているけれど本書でも頼りになる翻訳を施してくれている。独特のノスタルジーを感じさせる詩情いっぱいのランズデール南部小説の残酷と優しさとに圧倒される一冊。

(2004/6/20)
最終更新:2007年06月19日 22:38