ダークライン





題名:ダークライン
原題:A Fine Dark Line (2003)
作者:ジョー・R・ランズデール Joe R. Lanzdale
訳者:匝瑳玲子
発行:早川書房 2003.03.15 初版
価格:\1800

 まだランズデール初心者であるのに、こんなに美味しいところからいただいてしまって本当によろしいのだろうか? 贅沢すぎて後が怖い、というのが今の読後感である。世界ミステリ界の頂点とも言えるMWA賞を受賞した『ボトムズ』に引き続き、ほぼ同じレベルで綴られてしまった最新作を読んでしまったのだから。

ちなみに巻末解説の池上氏は本書がランズデールの最高作品と断言している。ぼくはと言えば、どちらも甲乙つけがたい。しかし敢えてどちらかを選べと言われれば仕方ない、苦しみ迷いぬいた末に、やはりランズデールとの出逢いとなった『ボトムズ』に敢えて軍配を上げておくかな。

でも、だからと言ってこの作品が『ボトムズ』の焼き直しに過ぎないとか、パート2であるとかそういう意味なのではない。あくまでぼく個人とランズデールとの出逢いレベルでのインパクト強度が違ってしまっただけの話である。

というわけで『ボトムズ』に続く南部・少年サスペンス・シリーズとでも名づけたい作品。あくまで『ボトムズ』とは独立した別の物語でありながら、共通項がたいへん多く、そして当然ながら前作とはがらりと違った点が魅力的な、もう一つのノスタルジック・ストーリーでもある。

『ボトムズ』が、大戦前、深南部の森のなかにある木造家屋での家族のドラマであるのに比して、本書『ダークライン』は、戦後という言葉が消えかけつつある1958年という時代、掘っ立て小屋みたいな田舎町から町に出てきてドライブイン・シアターの経営を始めたばかりの一家のドラマである。いわば、暮らしぶりはより現代の生活に近くなり、映画、ハンバーガー、フライドチキンといったアメリカ的日常が似つかわしくなりつつあった時代の物語なのである。

それでいて『ボトムズ』と共通するのが、森のなかに残ってゆく伝説と怪談であったり、天候季節によって水嵩を変える川の流れであったり、闇の深さや豪雨の激しさであったり、黒人たちに対する未だ変わらぬ人種差別の不当さであったりする。

『ボトムズ』ではプリミティブな日常生活を切り裂くように跳梁するシリアル・キラーの影がミステリーの核であったが、本書でも言い伝えのなかに見られる過去の事件の真相がサスペンスの核を作る。

一方では現在ではあまりに日常的なテーマでありながら、当時はほとんど概念として括られることのなかった題材が、名無しのままに多く取り上げられている。カルト、ドメスティック・バイオレンス、近親相姦、同性愛、SM……などなど。これらの現代に繋がる病巣についても、少年冒険小説のスタンダード・タッチ……ハックルベリー・フィンやトム・ソーヤーみたいな……で描いてしまう、ともかく職人技の小説でもあるところが、まずもってやみつきの魅力となっているように思う。

『ボトムズ』で味わった、ノスタルジック、かつ非情な、時間の儚さこそを、重たく、重たく感じさせてくれたあのエンディングは、本書のラストでも同様に味わうことができる。無情、冷酷、残虐な事件、奇怪な死体、醜悪な風景を扱いながら、全編に漲る叙情が最後に効いてくる。胸を抉るリリシズムは、誰にもあった少年時代への切ないほどの追憶を痛いほどに刺し貫いてくるはずである。

(2003/4/27)
最終更新:2007年06月19日 22:36