ムーチョ・モージョ




題名:ムーチョ・モージョ
原題:Mucho Mojo (1994)
作者:ジョー・R・ランズデール Joe R. Lansdale
訳者:鎌田三平
発行:角川文庫 1998.10.25 初刷
価格:\840



 ランズデール初心者であるぼくは『ボトムズ』から彼の世界に入り込んだわけで、そのラインである『アイスマン』『ダークライン』といわゆる深南部三部作(別にそう言われてないか……)を読み進んだために、現時点での一番新しい作品である『サンセット・ヒート』を読んで初めて、この作家のミステリ色の強い作品にようやく触れたのだ。主人公は急遽保安官に任命された未亡人というあたりがふざけた設定でありながら、何でもありのディープサウスの混沌を思えば、物語の自由度の高さはまあいくらでも許容できてしまうし、むしろその破天荒さがランズデールという作風なのだと確信してしまったくらいだ。

 そういう意味でこの作家の押さえどころであり定番メニューであるハップとレナードのコンビ・シリーズに関しては大いに引力のようなものを感じていたのだが、つい機会を逃してここまで来てしまった。最近古い未読のクライムやピカレスクを読み漁ろうとなぜか急に決意したばかりなので、この際本シリーズにも手をつけることにした次第。フォーラムでかつて騒がれたのは邦訳第一作の『罪深き誘惑のマンボ』だったが、その後二年を経て出された本書のほうが先立つということで、やはり時系列順に読ませてもらうのは後発読者の特権だろう。

 それでも作中に書かれるハップの亡き妻のこと、レナードの足の怪我と、本書に先んじて書かれたいまだ邦訳が遂げられていない一作目に関してはやはり気になるところなので、何とも歯がゆい思いが禁じえないところ。

 やはり思ったとおり『サンセット・ヒート』と共通する南部ミステリーであり、期待に違わぬ素人探偵の不良中年二人なのであった。無職かつあまりに気ままに生きているが故に、恋する女弁護士から職業に就く気はないのと訪われるハップは言葉に詰まる。バラの若木を土に刺す仕事に就いているというが、どう見ても短期的な季節労働じゃないか。

 レナードこそたまたま叔父の遺産で食ってゆくことになったけれども、貧しくて野生児であっても、心は精錬で、正義感に燃えており、世の不正や悪に対し凄まじいまでの怒りを感じてゆくという、これはこれで一種の才能とも言えるほどの人間性を発揮するところが本シリーズの魅力なんだろうと思われる。貧乏で正しいというと東 直己あたりを思い起こさせるが、対する犯罪者たちの悪の極みという点でも共通するものがある。凄惨な悪は、綺麗な服や善意の衣を纏い、その裏側で弱者を犠牲にしてゆく。時代や場所や文化が変わっても、悪徳のむごさは変わらないということか。

 南部ならではの自然溢れる土地。空気のように生活の隙間から染み込んでくる黒人と白人の差別、そして隔たり。ちょっとした留置場の一夜にしても、ミーモウという老婆との一幕にしても、どこを突いてもランズデール的滑稽さがにじみ出てくる。それはとりわけ人間の持つ原初的なこっけいさであり、そのネイティブなエネルギーや生きるたくましさこそが、南部小説らしく、体温を感じさせる何かでさえあるのだと思う。

(2005/2/21)
最終更新:2007年06月19日 22:41