聖なる怪物




題名:聖なる怪物
原題:Sacred Monster (1989)
作者:ドナルド・E・ウェストレイク Donald E. Westlake
訳者:木村二郎
発行:文春文庫 2005.01.10 初版
価格:\714



 いきなりの絶叫に始まる独白。続いてフラッシュバック。この主人公は一体何者なのだ? そんな当惑から始まる一人の男の半生の物語。女、金、欲、そして俳優として成功してゆく男が、今なぜこんなにも狂気の渦中にあるのか? 喜劇タッチで今の狂気を描きつつ、過去から浮上してくる思いもかけぬ真実が、破片だらけに見えたわかりにくい物語を一本の明白なクライム・スリラーに変えてゆく。

 どこがミステリーなのかわからぬほどに不思議なリズムで書き綴られてゆく。フラッシュバックと幕間があり、それらを狂った一人称で縫い合わせる。ジム・トンプスンやチャック・パラニュークの世界にも似た、狂気と酩酊の一人称。激しい感情表現の向こうに隠蔽された裏のストーリー。

 途中から、からくりがぼんやりと見えてくる。雑誌インタビュアーの正体も、初っ端の仕掛けも、かしこに置かれていた布石もなんとなく。それでいて読ませてしまう。破片の山積み。あの女性からこちらの女性へ。遍歴。俳優としての失敗と成功。謎に満ちた幼馴染との不思議な関係。そもそもこのインタビューは一体何なのだ?

 物語の存在意義すら不明のうちに始まる。当分は困惑に引きずられる。ウィルフォードの『炎に消えた名画』で味わったものと似たような不条理感覚。この作家は何を見せようとしているのか? という本書最大の疑問。

 終わってみれば、何ともはやウェストレイク・マジックにしっかりとしてやられた自分が残されている。皮肉で暴力的で、何よりもあまりにも馬鹿げた破滅を書かせてお見事としか言いようがない大団円。職人の腕の冴えを見せつけた、狂気と哄笑の力学が作用している。どす黒い笑いを求める方に、手ごたえ十分な一冊。

(2005.01.24)