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ブラック・サンデー


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題名:ブラック・サンデー
原題:Black Sunday (1975)
作者:Thomas Harris
訳者:宇野利泰
発行:新潮文庫 1979.3.26 初版 1991.9.5 11刷
価格:\600



 なぜこの小説を今の今まで読んでいないかというと、映画の出来の良さのせいだったのだと思う。ジョン・フランケンハイマーのメガホンで撮られた『ブラック・サンデー』については、封切りが中止になったときの印象が強かった。1970年代の社会情勢。二十歳前後だった自分。連合赤軍が世界で起こすテロが、日本での封切り中止の原因になったのだと思うし、黒い九月からも脅しは世界に届けられていたと思う。それら鳴動するような時代の皺についてはマスメディアでも展開されてゆき、つまびらかに大々的に報道されたものだった。

 そんな時代の悪魔を追撃するかのような本を書いたのが、トマス・ハリスだった。映画によって細部まで描かれ尽くしたような実現可能なテロ。舞台装置。キャラクター造形。それら十分な迫力を感じていたゆえに、ぼくは今の今まで本にまで目を通すことを考えていなかった。

 そして映画と原作の違いはやはり存在した。女性テロリストであるダーリア・イヤドの存在は映画ではよりスタイリッシュになっていたし、そもそもアラブ人女性ですらなかった。ベトナム帰りのマイクル・ランダーは相当に病的な存在であったけれど、原作で見られるほど彼の心境は映画には表現し切れていなかった。

 ロバート・ショー演じるモサドの使者カバコフは、映画ではよりヒーローに近かったが、それ以上に原作では外国人がアメリカのテロを防御する政治的な難しさが重点的に描かれており、思わぬ障害の中での追跡を余儀なくされる。そして原作の方では大きく盛り込まれた二組の男女の愛情について。そのコントラスト。皮肉。

 トマス・ハリスのデビュー作であり、それなりに見所が沢山ある。でも映画も良かったのだ。だから原作を読んでも映画の再追跡のような気分がほとんどで正直あまり面白くない。プロットにより重心のある作品なので、そう感じてしまうのかもしれない。『羊たちの沈黙』は映画はかなり原作に忠実だったと思う。映画を先に見た人は原作をどのように楽しむことができたのだろう?

(2000.04.27)