虚栄





題名:虚栄
原題:Blue Screen (2006)
作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:奥村章子
発行:ハヤカワミステリ文庫 2007.04.25 初版価格:\840




 本シリーズのヒロインサニーは、スペンサーの恋人スーザンの治療を受け続けている。スペンサーによくモーションをかけてくるリタ・フィオーレは、ジェッシイ・ストーンにも誘いをかける。こんな風に三つのシリーズを脇役たちは行き来するし、時にはスペンサーとジェッシイの捜査が絡み合うこともある。最近のパーカーのお遊びの傾向である。

 そのうちどれがどのシリーズなのか、区別がつかなくなってしまうのかもしれない。その思いを強くしたのは、本書ではジェッシイが、脇役どころではなく主役なみの登場をするからだ。しかもサニーと二人三脚で同じ事件を追う。完全に共演である。

 違うと言えば、それぞれのシリーズの文体の違いか。一人称文体を得意とするパーカーの世界だが、珍しいことにジェッシイ・ストーンのシリーズのみが三人称文体で綴られている。サニーのシリーズでは、三人称で語られるジェッシイではなく、サニーの一人称で、つまりサニーの眼差しを通したジェッシイが語られる。これは、一つの視点の転換だから小説的興味を覚えても構わないと思う。

 それに二人は女と男だ。どちらも離婚経験者であり、スペンサーとスーザンのように、一時期は仲睦まじく離婚後の恋人的生活を愉しんでゆくものだと思われたが、最近では、どちらも相手にフィットしきれないものを感じてきている。サニーの元夫は再婚したし、ジェッシイの元妻は誰か他の男とフリーにセックスを愉しんでジェッシイはそれをおかしいと思い始める。

 そんな恋愛的頓挫を経験している両シリーズの変奏曲として、本作品は二人の問題に同時に同じ事件をタイミングよく与えることにより、いろいろな心の問題を交差させている。事件そのもの以上にこうしたサブ・ストーリーで読者の興味を引くのは、もともとパーカーが得意とするところである。

 ハードボイルドという方向とは別のジャンルに向かいそうだが、そういう部分で特にこだわりを持たない読者にとっては、それはそれなりにシリーズのサービス精神として楽しむことができるはずである。ちなみに私は、ハードボイルドというこだわりをこの作者に求めると失敗するという持論を捏ね回している亜流読者であるので、この作品もまた、それなりに十分楽しめる。何と言っても次のジェッシイ・シリーズで、この二人の行方を知りたくてたまらないもの。どうです、俗でしょう?

(2007/06/17)
最終更新:2007年06月18日 00:11