氷舞 新宿鮫VI



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題名:氷舞 新宿鮫VI
作者:大沢在昌
発行:光文社カッパ・ノベルス 1997.10.25 初版
価格:\848

 ストーリー・テリングは巧くなって、ますます磨きがかかったし、シリーズとしてもある高度なレベルを保った集中力とか体力のようなものも感じる。面白さという意味では、現状の日本小説の中でもトップクラスの力量を有するだろう。新作が出れば必ず買ってしまうし、さっさと手に取り、さっさと読んでしまいたくなる。今や、和製87分署と言っていいのかな、これは。

 87分署自体は群像小説でありながらも、中心にキャレラという、わりに無色透明な刑事を配置させ、彼にはハンディキャッパーの妻と双子のこどもたちというプライベートな生活があって、敢えて言えばこれが特徴となっている。一方、新宿鮫こと鮫島の方はというと、家庭の味までは知らない、その辺、既婚者の読者としては鮫島ほどのキャリアの人間が……と、どうしても物足りなさを感じてしまう。独身なら独身でいいから決まった彼女など作らないでいろいろな恋愛を行っていただきたい。その方がいつもツーショットでいる刑事などより、間違いなくぼくはかっこいいと思う。と言いつつもマイク・ハマーだっていつかは秘書に恋い焦がれるようになっちまったのだから、仕方がないか。

 だけどいまどきの売れるロックバンドの女性ボーカリストが、刑事と付き合うというのは実に格好の悪いことだし、ロッカーとしてとてもけしからんことだと思う。ロックをやる人は少なくとも体制側の人と付き合ってはいけません。ましてやこのシリーズのように、いつも男言葉による、未成熟なティーンエイジャーみたいな感覚で、社会の闇を知るような刑事と語り合うのは、なんともチグハグな付き合いで小説としてアンバランスだと思う。次元の違うものが一緒になっているような気持ちの悪さである。

 ぼくにはこの一点、どうしてもシリーズの最初から許容できないのだ。単に無理矢理、シリーズに色気を持たせるためにという理由のみで作者が都合よくこんな状況を「配置」しているようにしか見えないのだ。ここまで徹底して面白い刑事小説なんだから、こういう点こそもっとリアルになってくれぬものか。何も今どきの能天気な日本小説やトレンディドラマなどに調子を合わせることはありません。

 と、このことばかり書いてきたのは、この作品のべとべとな大甘の結末が、やっぱりぼくには許せないからなのです。恋愛小説書いていけないとは言わないけれど、一話だけの脱線なら最初からやるなよお。

 87分署シリーズの優れた点というのは、編集者が止めない限り、作者はキャレラをシリーズ初期において殺そうとしていたというとんでもない事実である。不自由な家族をさておいて主役と思われていた刑事が簡単に死ぬかあ? このあたり日米の小説の甘やかし度の差みたいなものが、どうしても見えてしまうところ、日本人読者として本当につらいところなのであります。

(1997.11.04)