新宿鮫 風化水脈








題名:新宿鮫 風化水脈
作者:大沢在昌
発行:毎日新聞社 2000.8.30 初版
価格:\1,700



 もともとこのシリーズは、ある意味で警察構造の蘊蓄ミステリーとも言えるべき部分も物語とは別に一つの売りでもあったように思う。警察学でなくても、毎巻のように何らかの蘊蓄がこのシリーズの特徴でもあり、作家の執筆の背後の努力がいつも見え隠れしていた。真保裕一などはこの下調べの凄さで有名になっているが、『新宿鮫』シリーズも参考文献の多さではのっけから負けてはいなかった。

 本書では、新宿学の教本とも言いたくなるところが目を引く。新宿史における蘊蓄をベースにしているのだ。もちろん新宿鮫シリーズの凄さは、そうした蘊蓄学を利用しながらも、独特のリズム・語り口でもって読者を虜にしてゆくストーリー展開の面白さにある。本書でもドラマチックな母娘の歴史、拳銃を盗まれた警察官(黒沢明映画『野良犬』を思い出していただきたい)のその後の半生など、人間の奥行きに届いてゆくような、ある意味とても大人な物語を紡いでくれている。

 ぼくはもともとあまり蘊蓄が好きではないということが前提にあって、どんな本でも蘊蓄でだめになってゆくタイプではある。警察の使命についてあれこれ考えていないとやっていられない鮫島という警部の心情についても、あまりに女々しくて共感できないという鮫シリーズへの一種の反発もある。

 逆に言えば、こういう物語については新宿鮫シリーズにしなくても何ら問題がなかった。いやシリーズ読者外も取り込むという意味では、さらに良かったろうにという感覚がどこかに残る。シリーズの功罪というやつかもしれない。鮫島も確かに枯れて来ている。しかし作品そのものも枯れてきているのなら、出版社を変えて違う傾向のシリーズにするよりは、こちらは独自の物語にして、いろいろな警察小説が書ける大沢の多才を世に知らしめたほうがいいような気もしてくるのだ。

(2001.03.18)
最終更新:2007年06月17日 23:03