まどろむベイビーキッス






題名:まどろむベイビーキッス
作者:小川勝己 
発行:角川書店 2002.9.30 初版
価格:\1,500

 なるほどこう来たか。『葬列』という鮮烈な(別に韻を踏んでいるわけではないです)デビュー作を読んでいる人には、こういう歩の進め方もありかなと思える着地ポイント。

 携帯メールのBBSやチャットというとこのフォーラムでも昔話題になったことのある乗越たかお『アポクリファ』を思い出させられる。前編これリアルタイム会議のログ仕様という驚天動地の小説であったのだけれど、当時インターネットもまだ存在せず、パソコン通信と口にしただけで奇異な目で見られたような時代にああしたスタイルの小説を作る冒険というのはなかなか評価できることだったし、何よりも物語がウェットでホラーで良かった。ここの常連だった時代の馳星周に「俺、泣いちゃったよう」と咽び泣かせた作品でもあった。

 そうしたネットのログをこちらは全面的にではなく、ヒロインの心の置きどころを表現するのに材料として使ってゆくという、奇才ならではの手法を選択しているわけで、デジタルな心象風景とも言えるところか。ネットの不気味さ。より研ぎ澄まされてゆく狂気の表現が、ああしたチャットやBBS上の文字だけで表現しつつ、キャバクラという下世話な空間の地に足の着いたリアルな日常を歪ませてゆくという、ある意味ではホラーと捉えてもよさそうな匂いをこの小説は含む。

 『葬列』からもう一歩踏み出したと表現した理由は、あのデビュー作品の武器と硝煙のど派手バイオレンスからの流れ。また、壊れたヒロインを最大限日常に爆発させる手段としての、叩きつけるようなバイオレンス。さらにチャットネーム、源氏名、本名を敢えて伏線として使用するサイコ小説的な罠。

 スピード感、アクション、どんでん返し……こんなに沢山の楽しみが詰まっているのに、舞台は郊外のキャバクラ。店の名前が「ベイビーキッス」なのである。いいでしょ。

(2002.11.30)