ぼくらはみんな閉じている





題名:ぼくらはみんな閉じている
作者:小川勝己
発行:新潮エンターテインメント倶楽部SS 2003.05.20 初版
価格:\1,500




 小川勝己初の短編集。一作として手抜きの感じられない恐怖小説集と言っていい。そう言えば小川勝己はさほど量産作家とも言えない。手抜きなどはこれまでも全くしていないか。

 この本の感想を書こうとして、少しこの小説集のジャンルを考えてしまった。最初に恐怖小説集とぼくは書いた。そう恐怖小説という言葉が最も当て嵌まるのだ。

 江戸川乱歩という作家を思い出させる少し湿気とじめついたざわめきを感じさせる恐怖小説。読者の心理の裏側にすーっと入ってくるような鋭利な刃物の切れ味。そうした効果を生み出しているのは、この作家がこだわる文体の変化だ。作品によって縦横に変化させる文体。時にはパンクに、時には大時代に。

 力作長編である『撓田村事件』が横溝正史へのオマージュであったとするなら、この短編集は江戸川乱歩へのオマージュと取れはしないだろうか。

 乱歩はホラー作家だったろうか。『鏡地獄』『屋根裏の散歩者』『人間椅子』……うん。ホラー作家の一面はやはりあると思う。とりわけあれら傑作短編の書き手。本書ではそうした乱歩の恐怖小説作家の面に迫る気迫のようなものが感じられる傑作集であると思う。

 基本的には人間が壊れてゆく話ばかりである気がする。この作家の本はすべてそこに軸を置いていると言ってもいいけれど。それを独特の雰囲気でじわじわと描いてゆくのが巧い。ストーリー・テリングの確かな手応えを感じさせる。

 この本を閉じる頃には、人間の心の壊れてゆく様を沢山体験させられているはずだ。大抵の人は、足元を掬われるだろう。日常のすぐ隣に潜んでいるありあまる恐怖の数々に。

(2003.06.27)
最終更新:2007年06月17日 22:19