ロマンティスト狂い咲き





題名:ロマンティスト狂い咲き
作者:小川勝己
発行:ハヤカワ・ミステリワールド 2005.7.31 初版
価格:\1,500





 『まどろむベイビー・キッス』あたりからノワールを意識し始めているように見える小川勝己。短編小説集『狗』『あなたまにあ』などで、その奇才ぶりを遺憾なく発揮し、現代そのものの狂気を描いてきたが、ついに本書ではノワールへの挑戦という形を明確に出してみせた。

 あるいはそれは挑戦ではないのかもしれない。ノワールという分野に激しく憧れる作家・小川勝己の、本家ノワールへのオマージュであるのかもしれない。

 ジェイムズ・M・ケイン『郵便配達夫は二度ベルを鳴らす』を基調とする使い古された設定を小川勝己流にアレンジしたのが本書である。悪女の囁き、亭主の殺害、破滅、といった、まるでノワールの定番をやってみる。

 「いまはケインの時代じゃないんですよ」

 悪女自らが囁く台詞だ。

 それでいながら、各章の頭に、歴代の作家たちのモノローグが引用されてゆく。ジム・トンプスン『深夜のベルボーイ』、ケント・ハリントン『転落の道標』、ジェイムズ・M・ケイン『殺人保険』、夏目漱石『それから』。漱石も小川の中ではノワールということか。他にも主人公がジョン・リドリーの『愛はいかがわしく』を読むシーン。

 小市民的な日本の、崩れかけた夫婦生活にスタートし、悪夢の犯罪へ。そしてカルメン・マキ&OZの「私は風」の歌詞が引用される逃避行と、やがて来る破滅。終章はトンプスン流の逸脱を意識したかのような愛欲と無謀。『愛のコリーダ』みたいだね、と囁き合う二つの混沌。

 作中、松本清張『古本』の話が出てくる。プロットを思いつけない作家による盗作の話だ。

かといって盗作をするわけにはいかないし、『室町夜噺』のようなネタ本がそうそう見つかるわけがない。たとえ見つかったところで、原典を活かし、なおかつ自分流の作品として昇華させる自信もない。

 とは作中作家の言葉なのだが、本書は、まさに数あるノワールのネタ本を原典にして、小川勝己流に昇華させた作品だといったところか。

(2005/09/18)