題名:狗
作者:小川勝己
発行:ハヤカワ・ミステリワールド 2004.07.31 初版
価格:\1,700




 鬼才・小川勝己による第二短編集は、悪女をモチーフにして纏められた。元々がタフな女の物語でスタートを切った作家である。『葬列』で両手にピストルを持ち容赦なくぶっ放す娘を描いて、まず読者を掴んでみせた登場の仕方であった。最近では『まどろむベイビーキッス』で、怖い女を描いて読者を震え上がらせた。だから当然の帰結として、悪女列伝をものにするとなれば作者の独壇場なのだと言える。

 女性の怖さというのは、男から見て怖い、という主観によるものと、客観的に異常で怖いというものと二種類いるのではないかと思う。前者に関しては世の男性諸君が日頃ナチュラルに感じたりしているところの女性の怖さ。二面性。タフネスぶり。豹変。嘘を見抜く千里眼。その他。ともかく世の男どもはこのあたりの部分で上手にコントロールされているような気がしないでもない。

 対して異常な女というのは、映画『私にミスティを聴かせて』『危険な情事』などで見られるように、愛されるためになら愛する男を殺すことも厭わない女性の思いの深さだろう。逆に欲望(性欲・金銭欲)の怖さという辺りでは『白い肌の異常な夜』『黒い家』など、実に怖い。

 こうした各種怖い女を取り揃えて、中短編の小説という形で提供してみせたのが本書。日常にある怖さ、というよりは、異常な側の怖さ、あるいは境界ぎりぎりの物語。男は翻弄されるだけの存在のようにも見える。

 土台ハードボイルド、クライム、ノワールといった小説ジャンルには、どうしたっていかれた女、それでいて美女というのが必要になってくる。むしろなくてはならない素材と言っていいくらいかもしれない。名作と呼ばれる作品を深く掘り下げているのは、女たちの心に穿たれた深い洞の部分である。そうした原点回帰の意味も含めて、小川勝己・悪女図鑑にのめってみるのもなかなかに興味深い。

 ちなみに中編のうち一編は、かのキャバクラ『ベイビーキッス』を舞台にしている。当然この作品が、本書中で最も怖く過激である。『ベイビーキッス』ファンには、是非読んで頂きたい。

(2004.08.16)
最終更新:2007年06月17日 22:15