最悪



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題名:最悪
作者:奥田英朗
発行:講談社 1999.2.18 初版 1999.3.15 2刷
価格:\2,000

 帯にはこうある。

 なぜ人は平凡な日常から堕ちてゆくのか?

 またこうもある。

 とてつもない新人が放つ比類なき犯罪小説

 そしてタイトルが

 『最悪』!

 以上の三つの活字およびモノクロのカバー絵(小説の舞台となる川崎と思われる繁雑な町)などから、独特の匂い、あるいは予感のようなものを感じてぼくはこの本を手にした。読了した今、実はこの本は、今年のベスト荒らしになりそうな風格すら感じる。

 この作家、2年前に『ウランバーナの森』というデビュー作で浅田次郎に絶賛されているらしいのだが、ともかくもいま、「大型新人」と呼んでも問題がないだろう。現代日本の薄闇を深く見通した上で練りに練られたプロット。完成された文章表現力。何よりもラストに向けて溜めに溜めたパワーを一気に炸裂させてゆくまでの展開力は、まさに「比類なき」ものである。この文章表現への驚きは高村薫以来と言いたくなる。いや、むしろ岡田英朗の方は高村薫以上に牽引力において勝れているようにさえ思う。


 さて人間が日常から滑り堕ちてゆく物語としては『照柿』や『OUT』などに代表されるものかもしれないが、本書は世に評価されてきたそれらの作品群と比肩して全くはばからない。

 馳星周ワールドのように最初から暗黒社会に生きる主人公が表社会とは無縁の場所で破滅に向かう話というならいざ知らず、市井のどこにでも転がっている小市民たちが周辺に影響を与えつつどこまでも堕ちてゆく小説、少なくとも堕ちてゆくことが小説の核となり力学となって動いてゆく作品というのは、けっこう少ないんじゃないかと思う。

 日常的が徐々に思わぬ方向に傾斜してゆく様子をリアルに、しかも面白く読ませてゆくというのは並み大抵の筆力では達成し得ない気がする。墜落の果てに収斂され、やがては爆発を迎えるであろう負のエネルギーとは、その前半部分の「溜め」にすべてかかっていると言ってよいから、この小説の成功はラストに向けての展開力にかかっていたと言って構わない。その展開力が何より凄いのである。

 およそ年齢も性別も職業も異なる三人の小市民の物語。それらがまったく繋がりを見せぬまま何度もスイッチされつつ進行する。それぞれの世界である町工場・銀行・裏社会といった異なる場所で静かに静かに進行する。それぞの独自の小世界のなかで動いてゆく独特の経済の仕組みがわかりやすく面白く、はらはらさせられる。音を立てんばかりの人間関係の軋みもあってこれまた深い。排除され否定され拒否され無視される世界の中で、何の問題もなくバランスを取って生きてきたはずの主人公たちが、些細なことの蓄積の中で徐々に精神の辺境へと追い込まれてゆく。

 最後の爆発へ向かって彼らの『悪』いものどもは拡大してゆき、多くの人をも巻き込んだ『最悪』へと結ばれてゆく。臨界点を越えると、ラストへの滑走が始まる。発火点を超え、白熱するプロット。リアリズムをあくまで捉えて離さないまま、よくぞ最終章まで辿り着くものと思う。そのすべてのリアリズムこそがこの本の価値であり、怖さであり、ほんの隣近所に起こり得る破局であり、対峙すべき冒険であったのだと思う。思わず読む手に力がこもり、こちらまでが熱っぽくなってくるほどのエネルギィがそこにあるのだ。

 アラン・パーカーの映画『エンゼル・ハート』では、落下するエレベーターに乗ったミッキー・ロークを、象徴的に何度も何度もフラッシュさせていた。この『最悪』という本は、ページを開いた途端に落下するエレベーターに乗り込んでしまう感覚を読者にもたらす。しかし着地点までエレベーターから下りる気もしなくなるような面白作品でもあると思う。

(1999.05.02)