空中ブランコ





題名:空中ブランコ
作者:奥田英朗
発行:文藝春秋 2004.04.25 初版
価格:\1,238



 よく考えてみればなんて事のない当たり前の話ばかりなのだけれど、普通に作ったら当たらないだろう物語を、奇妙な主人公を軸に据えた連作短編集という形にして、初めて個性ある視点で、作品全体が照射され、独特の味が醸し出されている、といった、旨みのある作品集。

 喜劇的要素と聞いてたので、軽いペーソスとお笑いだけであれば、奥田英朗の持つクライム小説の味わいがないだろうからと、ぼくは当初パスしていた作品だ。同じシリーズの『イン・ザ・プール』も含めて。でもさすがに直木賞を取ってしまったとあれば、気も惹かれる。というわけで手にとった次第。

 主人公は精神科医・伊良部。唯一他のレギュラーは、看護婦のマユミちゃん。どれも二人が主人公という側ではなく、病院を訪れる患者の側の視点で描かれる。患者の側は広く現代社会の各層の代表者みたいな人たちだ。

 主人公は治療らしき治療は何も行わない代わりに、コミックのようにデフォルメされた遊び心と童心に満ちた愛すべき医師。無垢なようでもあり、バカなようでもあり、と、まるでドストエフスキーの白痴・ムイシュキン公爵を思わせる個性である。

 患者の側は現代病とも言える精神の病に少しだけ冒されている人たち。そこで取り上げられる病こそ、現代社会の抱える不安定であり、トラウマである。こうした暗い物事を、明るい主人公による、奇妙な取り組みによって解決してゆく、いわば水戸黄門的な金太郎飴短編集なのである。おかしさとペーソスの向こうに現代日本の世相が広く横たわっているのが感じられ、直木賞受賞という快挙も、そのあたりが最も評価された部分であるように思える。

 現代に生きる浮浪雲のような破天荒で無邪気な主人公と、真剣に悩みつづける患者たちの構図。コミカルな外来診察室のシーンに、克服されてゆく心の悩み。あらゆる意味で、読者の心を広く捉えてゆきそうなこの作家、クライムに戻ることができるのかどうかだけが、気がかりなところだ。

(2004.09.15)