依頼人





題名:依頼人
原題:THE CLIENT (1993)
作者:John Grisham
訳者:白石朗
発行:新潮社
価格:\2,300(本体\2,233)


 「トム・ソーヤーの冒険」を現代版法廷サスペンスに置き換えたようなお話、と言ってもいいかもしれない。秘密の場所で親からくすねた煙草を隠れて吸うところなどは、トム・ソーヤーというよりも「ライ麦畑でつかまえて」の方が、現代的な例えになるかもしれないけれど。

 ふとしたことから、ある秘密を入手してしまった少年が、マフィアに追われるという単純な話だけど、グリシャムらしき点は、この少年が弁護士事務所に駆け込んでしまうことで物語がリーガル・サスペンスに入り込んで行くところ。法廷ものと言うわりには、法廷シーンが少ないグリシャムなんだが、この作品では、法廷と少年という特異でアンバランスな関係が見所なのかと思う。

 大人の世界に、テレビや映画で培った少年の想像力がどれだけ立ち向かえるか、といった読み方もできると思う。そうした意味で読者を引っ張って行く力は『法律事務所』あたりの比ではない。かなり小説としてうまくなって来ていると思う。

 全体的に少々長すぎるような気がするが、現実的に法廷手続きの繁雑さ、や法律を盾にしての闘いなどを知っている作家が書くと、こうならざるを得ないのかなと も思われる。

 もうこの映画化作品のCMがTVで流れているが、グリシャムの作品は最初からけっこう映画的な雰囲気を持っていると思う。日本にもこうした落ち着いたムードの、しかもスリリングなサスペンスというのが欲しいけど、まだまだ力の入った作 品か書き急いだ作品かのどちらかしか、ないように思える。

 適度に抑えたムードの向こうに少年と初老の女性弁護士の情愛が芽生えて行く様はなかなかのものであった。ぼくは子供や動物の出る作品に弱いので、ラストシーンは、映画館の中のように、少しばかり眼を潤ませてしまったのである・・・・。

(1994.09.13)
最終更新:2007年06月17日 21:29