処刑室





題名:処刑室
原題:THE CHAMBER (1994)
作者:JOHN GRISHAM
訳者:白石朗
発行:新潮社 1995.2.25 初版
価格:\2,700(本体\2,621)

 『評決のとき』というデビュー作を読んだ時、ぼくは、それ以前のスリラー作家グリシャムというイメージから離れて、法律家出身の非常に骨の通った作家だという驚きを得たのであったが、これはその続編というべき小説である。スリラーでもミステリーでもない、映画『ミシシッピ・バーニング』を思い起こさせる、アメリカ裏面史に真っ向から挑戦した力作であった。

 もちろん主題はタイトルから類推されるとおり、死刑制度そのものにもある。日本の死刑制度への疑問という意味では死刑囚官房で精神科医として勤務していた加賀乙彦の『死刑囚の記録』(中公文庫)『宣告』(上下・新潮文庫) などがあり、ここで見られるのは首吊りである。そして何よりも死刑囚にとって脅威なのは死刑のある当日の朝まで処刑の期日を知らされないという一点であった。常に「明日死ぬかもしれない」恐怖と戦わねばならない、日本特有の死刑の残酷さがある。死刑日程を決めるのはその時の法務大臣というわけで、冤罪の疑惑がある死刑囚がいつまでも処刑されないでいるのは、この決定が歴代法務大臣によって避けられてきたからである。

 そういう日本の死刑制度と較べると、アメリカのそれはかなり合理的に見える。その詳細はこの小説の中で非常にリアリティを持って述懐されているので、何よりも本書を手にとっていただきたい。そして合理的に見えるが、実は多くの矛盾を含んでいるのが、この小説で扱われた一つの事件である。

 説という形で表現される死刑制度そのものへの作者の視点のみならず、アメリカの人種問題をめぐる暗黒史をまで包括する、大きな題材に取り組んだグリシャムの姿勢が、何よりも雄弁にこの小説の価値を語っているように思う。今年のベストに必ずや食い込んで来る必読作品であるとぼくには思われる。

(1995.04.11)
最終更新:2007年06月17日 21:27