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陪審評決








題名:陪審評決
原題:The Runaway Jury (1996)
作者:John Grisham
訳者:白石朗
発行:新潮社 1997.10.30 初版
価格:\2,300


 ただでさえ裁判ごとに疎い一般の人間が、こうした専門家による小説を手に取って、しかも馴染みのない「陪審」という概念に出くわし、さまざまな法的手続きを順次踏まされる……とこうして考えただけで世にも恐ろしい退屈本のように思われる世界。しかもサイコキラーや殺人事件や刑事捜査ともほとんど縁のない法廷のみを舞台にした、地味で現実的なタバコ訴訟という題材。こう書いただけで実につまらなそうな本なのだが、なぜかこれがグリシャムの小説となると……例によって海の向こうではバカ受け、映画化は既に決定事項、版元も訳者も既にお墨付きという申し分なさ……とくると、この様相は一変する。

 今度はどのような新しい物語なのか、裁判という世界だけをキーにしてグリシャムはどんな新奇な世界を紹介してくれるのかという、読者の側の期待値。グリシャム本というのは、こうしたイメージを持って書店の入口付近に山と積まれているのではないだろうか。そういうイメージを既に規定事実として背負った作家のプレッシャーたるや、さぞやと思えるが、そんな中でレベルを落とさずに次々と新しいミステリーを世に産み出しているグリシャムの今の執筆作業は、ある意味で賞賛に値する。転職後の専門分野作家としてはディック・フランシス以来と評されて然りなのではないか。

 ただ世界のベストセラー作家というのは、それはそれで好き勝手のできない不自由さを背負込まざるを得ない。自由奔放に書くことができないばかりか、あらゆる自他の検証を受けざるを得ないだろう。映画化を念頭に置いたり、アメリカの現実やその正義の、最大公約数となる展開および結末を用意したりしなくてはならないだろう。だれもが関心を持つ素材、日常的な世の中のトラブルなどを身近なものに引き寄せて、それでいてミステリアスで飽きの来ない筆運びを選択しなくてはならないだろう。

 この小説の面白さ、そして逆に、ある意味での陳腐な設定や約束されたような結末については、すべてがそういったところに原因あり、だと思う。あくまでピカレスク小説として完了切れない作品の弱さ、ものごとのすべてに動機を求めざるを得ない秩序、こうしたものがグリシャムの限界であり、それが世の中に性善説のように受け入れられる魅力であるのかもしれないのだ。

 かつて英国のアーチャーやフォーサイスに求められていたベストセラー。それらが書店の店先で幅を利かせなくなった現在、河岸を変えて、グリシャムの本が山積みになって来ているのが現在の事実だし、これが冒険小説というジャンルのあきらかな変容もしくは成長であったりすることも、世界というもののささやかな現実の一つなのだ。

 コナリーやエルロイがこれを書いたとしたら罵倒されるが、グリシャムが書いたから賛辞が寄せられる、そんなイメージの読後感であった。

(1997.12.06)