ペインテッド・ハウス






題名:ペインテッド・ハウス
原題:A Painted House (2001)
作者:ジョン・グリシャム John Grisham
訳者:白石 朗
発行:小学館 2003.11.20 初版
価格:\2,400

 リーガル・スリラーの書き手、しかもスタイリッシュでモダンな作品を次々とベストセラーとして世界に送り出し、そのほとんどの作品が映画化されて売れに売れているトップランナーとも言える作家。だからこそ、このグリシャムという人が、南部作家であったかという点について今さらながら、あっと思わせられる。そう言えばデビュー作である『評決のとき』はまさに人種混淆の南部を舞台とした差別に真っ向から挑んだ作品であった。しかしそれにしても、この作家が今アメリカから次々と送り出されている南部の書き手であるというところまでは、正直思い至ってもいなかった。

 ジョン・グリシャムは、南部以前にリーガル・スリラーということにはこだわってきた作家である。そのグリシャムが、1952年のアーカンソーを舞台に、トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンの世界に挑んだのがこの作品である。グリシャムの故郷の地であり、綿花畑ばかりが拡がるブラックオーク。七歳の少年のひと夏の物語。

 少年にとってのひと夏というのは、ある意味とても貴重な季節であると思う。『菊次郎の夏』が、『泥の河』が、あるいは他にも数え切れないほどの少年たちの物語が、ひと夏の出会いと別れによって、少年が異世界への出入りを体験して、一回り大人の方向へと近づいてゆく季節を題材にしている。

 この作品はそうした意味での異世界との遭遇。綿花摘みの労働者として少年の一家が雇用することになる山地人家族(いわゆる深南部の人々だ)、メキシコ人家族。二つの大家族を労働力として雇用し、熱気溢れる綿花畑に囲まれた少年の夏が始まり、そしていくつもの事件と収穫と嵐がやってくる。カーニバルもやってくる。これも異世界である。少年の閉ざされた世界での日常を彩る遠くからの人々と、多くの出会い。

 南部を舞台にした少年と大人たちとの出会いを描いて昨今秀逸だったのは、何と言ってもジョー・R・ランズデールの『ボトムズ』であり、『ダークライン』だった。あの世界に共通する少年特有の不安や恐怖、好奇心、そうしたものがこの小説にもふんだんに溢れている。大人たちの性や暴力を垣間見る少年特有の目線と心臓の高鳴り。ランズデールよりは少しだけ叙情に溢れ、綿花畑と天候の描写が大半を占める。誰もが故郷を持ち、誰もが少年時代への郷愁と、その頃の深い思い出を抱いているはずである。

 今、こうした物語を沢山の作家たちが書き始めている背景には、乾いたパワーゲームに彩られる世界情勢や、都会を中心として動いてゆく経済情勢、バーチャルな科学の台頭といった現代への枯渇感があるようにぼくは思う。失われていったあの頃の感性の細やかさ、人間たちの体温に満ちあふれた日常、労働や貧しさの中で培われた家族という絆、こうしたすべてが今、本たちのなかに込められているように思う。

 ある意味でそうしたところに溢れる少年たちの冒険心と好奇心こそが、ぼくにはたまらなく貴重なものに感じられてならない。

(2003/12/20)