生誕祭







題名:生誕祭 上/下
作者:馳 星周
発行:文藝春秋 2003.06.01 初版
価格:上\1,700/下\1,6000

 80年代バブル期に照準を合わせ、野望を持った若き男女を混沌の火鍋に叩き込んだ馳星周最新作。新宿でも中国マフィアでもなく、バブルそのものの持つ浮かれたような熱気と突然の終幕に劇的要素を見出したように思う。経済を材料にして、貧しいものが富の頂点にのし上がろうという小説。もちろんこの手の作品では過去に白川道『流星たちの宴』というリアリティ溢れる傑作があるから、この若き書き手にとってはある種冒険と言える。

 金のために体を酷使する女のドライさに比べ、爺さんにもらった十字架のペンダントを後生大事に抱え、モラルの背反に苦しむ青年のみじめったらしさったら例えようがない。男と女とを等質に書き分けているように見えて、作者の感情移入はいつもながらに駄目な男の方に強くなされていることがわかる。

 馳星周がデビュー前に良く言っていた言葉が、ぼくには思い出される。「へなちょこ野郎」という言葉だ。彼は良く大好きな『ブルー・ベル』あたりを持ち出して「バークは本質的には、とんでもないへなちょこ野郎なんだよ。へなちょこ野郎だからこそ好きなんだ」馳の作品で踊り躍らされる主人公たちはやっぱりへなちょこ野郎であり続ける。

 へなちょこ野郎なのに身の丈に合わぬ夢を見る。傍らから見ると、それはまるで幻視だ。コークがもたらす強烈なキックがもたらす幻覚だ。体温が上がってゆく、と感じる。上がってゆき、昂進されてゆくものが、へなちょこ野郎の中に育って膨らんでゆく幻視感なのである。

 身の丈に合わぬ夢を現実の世界に這わせようとすれば、大きな逆襲に合う。無理が祟って、恨みを買い、吐き気を催し、震えおののく立場に追い込まれる。出口のない袋小路に追い込まれ、狂気が近づく。馳星周の筆は一貫してここを書く。この緊張感の集積を書きつつ、主人公も読者も常に感じるのが空しさと薄幸と矛盾。大いなる空虚のなかにしか夢は存在しないかのように。

 いつもは組織の暗闘の中で破滅してゆくタイプの物語、馳の得意なストーリー・ラインがものの見事にバブルの夢とシンクロした。これまで不明だった部分……夢・空虚・動機・痛み……が、わりと明快になった印象のある小説。長大な割に登場人物が少なくシンプルだということもあるのかもしれない。

 確かにいつもと同じタイプのストーリー。馳星周は脱け出せない。あるいは脱け出さない。リフレインを駆使した巧妙な煽り文体。シンプルで独特の語り口による疾走感。馳の長所も短所もすべて詰め込んだごった煮のような真夜中世界がここにある。都会。金。セックス。暴力。いつもの馳の材料。

 少し違う、と思ったのはラストの部分かな? 取ってつけたようなラスト。どう転んでも構わないようなラスト。なくても構わないような最終章。このあたりが必然を鎧った時に馳作品はもうワン・ランク、きっとステップアップするのでは……そんな気配を思わせる灰色の終章であるのだが。

(2003.07.13)