虚の王





題名:虚の王
作者:馳星周
発行:光文社カッパ・ノベルス 2000.3.30 初版
価格:\933

 内容としては、短編集『M』と通底するテーマを追いかけた長編と言うべきところだろうか。短編集よりは内容構成が複雑で、人間関係もじっくり読めるためにしっくり馴染むことができる。一応出会いから始まっての紆余曲折があるために、短編のようにどこを切っても同じようなシーンの金太郎飴小説、とはならずに済んでいる。海外のノワールによく馴染んだ作家馳星周はやはり長編向きの作家なのだとつくづく思う。

 何となく滑り出し、奇妙な人物たちが出会い、奇妙な行動と軋轢の中で暴力と性とを営んでゆく様は、花村萬月『二進法の犬』を想起させるものがある。馳星周もそれだけ上手い作家なのだということだ。それでも萬月の世界に辿り着かないものは、やはりどこか成熟していないように見える作品世界の狭さ……なのかな。それとも限られた登場人物たちへの物足りなさか。

 暗黒小説を書いているという意図はよくわかるのだけど、やはりこの作家、ぼくが評価したいとてもいい部分というのは、『不夜城』のあの緊迫した世界描写、スリリングな展開、そして切り抜けてゆく孤独な男のサバイバル描写にある。つまりプロットの向かう方向が心語りではなく、あくまで娯楽アクション的方向に向いてくれていればぼくは何よりもありがたい。心は結果的に表現できる。もしくは表現などしなくたっていい。ある意味で生きざまみたいなものを描いてゆくものならば、ハードボイルドという地平の上にはとどまって欲しい。その上でのノワール化というものを望みたい。それができていた作家だから望み続けたい。

 そういう意味で少し残念なのが、近年の馳星周世界の方向性であるかもしれない。犯罪を犯して、そこから逃げる者の小説ではなく、本当に敵をやりこめて勝ってゆく小説をも願いたいものだ。誰もが待っているであろう『鎮魂歌』の続編を望みたいのだ。

 一気読みの面白さと読後の印象とは別物。読んでいる間のある意味での豪快さとか疾走感というものが画一的な収束の仕方で読後感を台無しにしいる気がする。あくまで『不夜城』の終わり方は、作者の意図はどうあれ、ぼくには最良だったのだ。

(2000.05.04)
最終更新:2007年06月17日 19:00