リアルワールド






題名:リアルワールド
作者:桐野夏生
発行:集英社 2003.02.28 初版
価格:\1,400

 この作家に関してぼくはあまり熱心な読者とは言えないのだが、エンターテインメントの能力はけっこう抜きんでているのに、作家としてのスタンスをけっこうふらふらさせてしまうことで損をしているのではないかという印象がどうも強い。

 『柔らかな頬』はぼくの好きな作品であるが、その落とし前のつけかたに関しては、どう考えてもエンターテインメントというジャンルに背を向けたように見えたものだった。『光源』ではもうはなからエンターテインメントから距離を置いたところで書き始め、そのまま静かに進みゆく美しい人生小説、という風にぼくには受け取れてしまい落胆させられた。

 神保裕一と言い、高村薫と言い、文章表現が美味くなってゆくことで、エンターテインメントの枠を出たがってゆき、いわゆる生真面目な一般小説というジャンルに入り込んでゆく作家が日本には多いように思える。もともと根が真面目なので、はらはらどきどきのエンターテインメントだけでは物足りないという傾向もあるのだろうけれど、ある意味このジャンルにこだわって本を読んでいるぼくのような人間には、それらのことはあまり有り難い傾向ではない。いったんふらついてもまた戻ってきてくれる打海文三のような、自分の本文を心得ている作家のほうが、どちらかと言えば信頼感を持つことができるわけだ。

 さてこの作品だが、当節流行の若者たちの屈折を扱った現代小説。軸になるのは母親殺しの少年なのだが、それを真正面から描くのではなく、少年が逃走のスタート地点で盗んだ携帯のメモリーで結びついた女子高生グループの一人一人の視点でというところがミソ。少年に敢えて関わってゆくことで自分たちの実存を明らかにさせてゆこうという意志が芽生え始める。少し古臭いが、実存主義の作品として読むとわかりやすいかもしれない。

 しかし、ミステリーとか冒険小説といった視点で読むとこの本は何とも退屈だし、青春小説というにはちとストレートさに欠ける。自分の心の底に隠蔽し韜晦してきた真実を求めることに必死な少女たちの物語、とでもいったらシンプルすぎるかもしれないが、たかがそれだけの物語と気づいてしまえば、空しい読後感が残る。少女への肩入れに比して、肝心の親殺しの少年の語り口についてはあまりにも物足りないあたり、この作品の大きなミスではないのかなと、ぼくには思えた。

 桐野夏生にしてはリラックス・ムードの漂う作品でありながら、最後に来て肩に力が入ってしまい、せっかくのブラックなお笑いを凡百の孤独な青春小説に変えてしまったのが返す返すも残念だ。エンターテインメントに戻れ。やはり、その合言葉をこの作家には贈りたい。

(2003.06.01)
最終更新:2007年06月17日 18:27