グロテスク






題名:グロテスク
作者:桐野夏生
発行:文藝春秋 2003.06.30 初版
価格:\1,905


 新聞の広告では『OUT』『柔らかな頬』に続く作者のベストワークというような宣伝文が踊っていた。図書館で予約が回ってくるまでに三ヶ月も要した。直木賞作家である桐野夏生は今や押しも押されもしない売れっ子女性作家になった。

 ぼくはハードボイルドの書き手としての桐野夏生を読んだことがない。ミロのシリーズも『ファイアボール・ブルース』も手許に揃えているのに積ん読状態である。ぼくの桐野作品との出会いは『OUT』であり、『柔らかな頬』というミステリーとしては破綻している作品が、この作家への追っかけの機会を作った、言わば遅れてきた読者である。

 本書が、前に挙げたニつの大作に比肩する、力の入った作品であることは間違いない。しかし元のミステリーという定義で言えば、この作品も破綻している。『柔らかな頬』同様に、小説の視点が殺人事件そのものの謎解き、犯人探しに据えられていないばかりか、むしろほったらかしにされてしまう。いや、宙に放り投げられた状態で解決を見ないという点では、『柔らかな頬』そのままだ。ネタばれ云々どころか、殺人事件などは意に介していない。被害者たちの死そのものを描いた、いわゆる『ブラック・ダリア』の死者の側から見た、もう一つの和製暗黒史なのである。

 作者がそういう視点で、エルロイやコナリーなどを意識していたのかどうかはわからない。売春婦の死という題材に加えて、東電OL事件という、日本のマスコミを騒がせたワイドショー向けのリアルで著名な記憶に根ざした物語である。昼と夜、表と裏、全く違った二つの顔を生み出してゆく、女の生きる地盤が、並列的に描かれてゆく。そこに全く異なる世界である、犯人の中国からの不法入国のエピソードが一章挿入される。まるで連作短編のようなばらつき。まとまりのなさ。破片を集めてかたどったグロテスクなガラス細工。

 一貫して女たちの一筋縄ではゆかない戦いの物語にフォーカスしている作家・桐野夏生の足どりは不明だ。次に何を書くかわからない作家、という意味では篠田節子以上の振幅を秘めている。純文学の色彩が濃いためにエンターテインメントの側からは近寄り難い感のある頑迷な筆致。

 ミステリーを広義に定義すれば「犯罪を題材にした小説」だと言う。犯罪さえ扱えばすべてはミステリー。そういう意味では本書もミステリー。ただし辺境に立っている。今にも倒壊しそうな危ういバランスを保ちながら、作者の頑固さだけが推し量られる。読者へのこびは全く見当たらず、突きつけられてゆく大いなる疑問符。ゴシックであり、ハードであり、ホラーでさえある。

 世にもグロテスクなキャラクターに変わってゆく女たちの中に息づく、美醜の概念、加齢への恐怖と孤独、社会の中で存在することへの不安と不確かさ。そうしたすべてを複眼的に抉り出した、まさに美醜綾なすグロテスクな物語だ。

(2003.09.21)
最終更新:2007年06月17日 18:25