眠れぬイヴのために




題名 眠れぬイヴのために
原題 Praying for Sleep (1994)
著者 Jeffrey Deaver
訳者 飛田野裕子
発行 早川書房 1996.5.31 初版
価格 \2,700


 精神病院を脱走した男の目的は何か? これがこの物語の大きなテーマであり、謎の確信である。彼に不利な証言をしたリズとその家族は、奇しくも訪れる大嵐に備えている。男を追跡するのはリズの夫、主治医、賞金稼ぎの元警察官の三人。すべては夜に始まり夜明け前に、決着が着く。迫りくる狂人、迫りくる嵐。

 これだけ書くとそれなりに緊迫感のある設定であることはわかっていただけると思う。しかしそれを抑制するかのように、ペンのほうはリズやその他の登場人物たちの過去へ遡行しがちである。状況の緊張そのものよりも、その緊張を生んだ登場人物たちのこれまでの生そのものに焦点が当てられ、その分B級でない、良質な作品に仕上がっているように思える。

 弁護士、フォークシンガー、ジャーナリスト、脚本家……という興味深い経歴の一作ごとにアメリカで注目されている新進作家の手による、スティーブン・キング絶賛の作品。というわりにはかなり地味めに仕上がった作品だけど、スピーディではない代わりに、じっくりとした味わいのあるスリラーである。

 心理の駆け引きと嵐が揺さぶる夜の田舎町。予期できぬクライマックスと、読後感の味わい深さ。ずば抜けているわけではないが基本的に、いい要素を多く持った本である。

(1996)
最終更新:2007年06月17日 15:58