鉄の枷




題名:鉄の枷
原題:The Scold's Bridle (1994)
作者:Minette Walters
訳者:成川裕子
発行:東京創元社 1996.11.30 初版
価格:\2,472(本体\2,400)


 前作がけっこう衝撃的なサイコキラーものだった上に、そのサイコパスの迫力たるやなかなかのものがあっただけに、いろいろな意味でスケール的にこじんまりとしてしまった感のある新作である。一作目『氷の家』は読んでいないものの、この作家は、こんな感じの英国英国した本格ミステリ作家なのだろうか。

 しかし思い切りフーダニットしている派手な殺人事件だと言うのに、日本のくだらない本格ものなどと違うのはあくまで人間描写のうまみ、深みをこんなにもきちんと書けてしまうところなのだと思う。

 どことなくケイ・スカーペッタにも似た自立心溢れる大人の女を主人公に、死んだ老婆からの女三代がなかなか良い。折檻する道具なんていうのは英国ミステリのいやなところの古臭さ、中世臭さみたいなものがぼくには鼻につくのだが、こういうのも好きだって人には逆に受けるのか。まあ、その折檻するための固定具のようなもの(これがタイトルの「鉄の枷」だ)を代々母が娘に無理強いする家系、というのもさらに暗くって陰湿なのである。

 かしこに挟み込まれた死んだ老婆の日記での独白体はさらに陰湿。こういう陰湿さを、サスペンスの味付けとしてマゾ的に味わいたい人には、なかなか手応えのある本である。

 面白いのは作品前半では使用のない男と思える主人公の旦那が、単なる芸術肌のうらなりではなく、けっこう激情家で独創的でとって変な存在であることだ。女性作家って、なんとなく完璧な魅力を備えた男像をあれこれ作中で模索したくなるものなのだろうか? 男にとってはなかなかこれは都合のよい理想的な旦那であるぞ。日本で言えば『浮浪雲』みたいな人だ(^^;)いずれせにせよこのキャラクターによってストーリー展開が少し明るくなり過ぎで、これを是とするか否とするかは読み手次第ってところなのだろう。

 と、あれこれ好き嫌いのめりはりの強い本、ってことは、それだけ癖の強い作品ってことで、前作『女彫刻家』には、ぼくは到底及ばない気がしたが、それなりに作者の小説テクニックの巧さの方は、きっちりと味わえる読み物でありました。

(1997.01.16)
最終更新:2007年06月17日 15:43