私刑




題名:私刑
原題:From Potter's Field (1995)
作者:Patricia D. Cornwell
訳者:相原真理子
発行:講談社文庫 1995.12.15 初版
価格:\780(本体\757)


 ぼくはちなみに今流行りのコムロテツヤ(←漢字に自信なし)製品っていうのがどうしても好きになれないんだけど、その第一の理由は一曲の構成のメリハリのなさであるように思う。中でも堪え難いのは「最初っからサビなんだもんねえ」的なあのとんでもない曲構成に見渡せるサービス精神というのは、「カラオケで目立つんだもんねえ」的な感覚から言えば売れて仕方のないことなのかもしれないけど、ぼくのこれまで叩き込まれてきた音楽というものの構成感覚にとっては非常に気持ちの悪いものなのである。最初っから出もしない声をキンキン張り上げるなよな>TRF……ってことで、要するに本当に感覚的に気持ちの悪いものがあるのだ。

 そういう意味ではぼくにとっては小説も同じで、サビというものが最初からある作品はどうもいけないと思うのが常なのです。本書のように、読む前から怖るべき犯罪者とわかっている人が最初から堂々主人公と対決姿勢に出てくるっていうのは、一見とっても娯楽性豊かであるようで、その実メリハリにかける部分が随分と小説的価値(などというものがあるならば)を落としめているように思ってしまう。ましてやこの本は最後まで読んだ読者をがっかりさせるに十分なほど女性の戦う小説というものの限界を感じさせてしまう小説でしょう。

 やはりこれだけ知的なスタンスにいる主人公というのは、逆に言えばアクション的なシーンを盛り込むにはすっごく不利な位置に立っているわけで、クライマックスのインパクトも欠けてしまうケースが多いのだ。そういう意味ではぼくは『検屍官』という一作目のほうがはるかにメリハリの効いた構成であったように思うのだがいかがでしょうか? 

 犯罪者が最初から主人公を復讐とか因縁とかの含みで付け狙ってくる全面対決小説で上手だなあと感じさせたのは87分署シリーズの『熱波』、マット・スカダー・シリーズの『墓場からの切符』などで、逆にシリーズ中のクライマックスでありながら、なんとなく落胆させられちゃったのが、この本とバーク・シリーズの『ハード・キャンディ』なのであるなあ。これすべてメリハリだと思うのだ。シリーズ中の一つのクライマックスとは言え、きちんと書けている作家がいるだけに、そういうところを考えて一作中のクライマックスに繋げて欲しいところである。

 ちなみにぼくは最近はこのシリーズは登場人物のせせこましい人間関係の営みのほうに愛着を覚えるようになっているみたいだ。こういうところを描かせたら本当に巧い作家なんだけれど。

(1996.02.03)