遺留品




題名:遺留品
原題:ALL THAT REMAINS ,(1992)
作者:パトリシア・コーンウェル PATRICIA CORNWELL
訳者:相原真理子
発行:講談社文庫 1993.1.15 初版
価格:\680(本体\660)


 いきなり趣きが変わった (ように思える) 第 3 作である。驚くのはこれまでの苛立たしい描写過多が影を潜め、ストーリーに関わる部分だけで連続的にエピソードが並んでいること。ゆえに、ぼくとしてもとても読みやすく、途中で投げ出せない種類の面白さを初めてこのシリーズに感じたのでした。

 これまでの二作は、わりと各エピソードが、作者の日頃の主張の分身ででもあるかのようにかなりいい加減に、本筋とは無縁のところで羅列されていたように見えたのだけど、今回はそう言うもの抵抗値がぐっと低くなって、密度の濃い小説の量というものを達成してくれていると思う。娯楽小説というのは、基本的にこうでなくてはいけない。

 さてこれまでの作品だと、ひとつの殺人をきっかけに、第二、第三の死体が転がり込んで来たのだけど、今回は過去に遡る連続殺人という変わり種。おまけに登場人物がスケール的に広がりを持ち、情報機関なども絡み始め、娯楽的要素が明らかに増幅している。そこへ持って来てマリーノの描写は深度を増すわ、アビー・ターンブルは復帰するわ、 のサービスぶりなんだから、第 3 作にしてようやくこのシリーズもリズムに乗ったのだと思う。この調子で書ける作家だと思うだけに、これまでの退屈な二作を酷評しつつも一応みんな追いかけて来ているのではないかなあ?

 そしてこの辺りまで読み進むと、ケイの中の二面性がわりと浮き彫りにされて来ているのも興味深い。彼女は検屍という仕事を通じてとても科学的に被害者の上に生じたことを分析するけれど、捜査に携わる時には、むしろ直感で動くことの方が多い。俗に言う「女の第六感」というやつのだろう。この直感の働きのきっかけとして、彼女は母や姪と電話で話したり、法務長官に相談に赴いたりと、会話を重んじる。そして前作で少し出て来た「人には発する色がある」というオーラの話はまたこの本で霊能者によって繰り返される。超自然的なサイキック能力に惹かれるもう一人のケイがいるのである。

 第一作ではまだ薄っぺらかったケイの人格が、こうして多重性を持ち始めたところが、小説的面白味の増幅された最大の原因であるとぼくは思うし、このことは周囲のマリーノやベントン・ウェズリーについても同様に言えることだ。シリーズものの最大の魅力は、時間を経過して味わえる人間関係の妙なのだから、そういう点では一作毎に上昇しつつあるシリーズ作品の面白味には、ぼくはやはし期待しているのである。その期待にある意味で答えてくれたのがこの作品であったと言えるのである。

(1993.02.27)
最終更新:2007年06月17日 15:15