ララバイ




題名:ララバイ
原題:Lullaby (2002)
作者:チャック・パラニューク Chuck Palahniuk
訳者:池田真紀子
発行:早川書房 2005.3.31 初版
価格:\2,100



「この『ララバイ』に比べたら『ファイト・クラブ』なんて仔猫ちゃんだ」by チャック・パラニューク

 毎度毎度ののことながら、本書も度肝を抜く一冊だ。これほどブラックで、自由で、混沌、しかしながら計算し尽くされた仕掛けに満ちた作品なんぞ、容易には見当たるはずもないだろう。

 しかもこの作家の素晴らしいところは、作品のすべてに対しても、同じことが言えるということだ。

 ある意味、作品をまたぐ共通項は存在する。現在の時制にこだわった悪夢的なリフレイン文章の挿入。豊富なイメージのコレクション。雑学の広がりと深まり。最初に衝撃と謎を置いてスタートする、スピーディでテンポのよい構成。伏線、また伏線、一見収集のつきそうにないストーリー展開を、最後に手際よく纏め、そして心を引っ掴んでゆく得体の知れない何か。全作が全米ベストセラーになる秘密が、どこか、このあたりにある。

 本書は、ある意味、100%の逸脱である。これまではパラニュークは奇想で作品を成立させていたものの、そこにはアメリカに現存する種類の狂気があった。つまり地に足の着いたストーリーであり、どこまでもリアルな何ものかであった。

 本書は違う。超自然現象、オカルト、超能力、魔女たち、魔術、呪文の世界だ。だからと言ってファンタジーではなく、これはノワールである。類稀な破壊衝動と暴力とに満ち溢れた、世界最悪の物語だ。それでいてスタイリッシュ。綺麗でお洒落な作りであるところは、これまでと全然変わらない。しかしそれでも、負の迫力だけはやたらに強い。

 だからこそ主人公の葛藤がある。だからこそ、戦いへの決意があり、必死がある。だからこそ、徒労がある。再生がある。愛がある。慈しみがある。世界は暴力に満ちていて、突然の死に満ちている。

 乳幼児突然死症候群の取材を行った主人公は、いつも同じ本が同じ頁を開いている不思議な偶然に出会う。子守唄代わりに母親が読んで聞かせた本の一行は、ララバイではなく、実は間引きの歌。黒魔術に詳しい秘書を抱え、呪われた家屋敷を専門に扱う不動産斡旋業者である女との恋。悲観論的文明批判論者であり環境テロリストである青年は、人類は神がトイレに捨てたワニみたいなものだと嘯く。彼らの中心にある殺人破壊の呪文を、焼き尽くすために、本を求め全米の図書館を尋ねる旅に出る。

 何という突拍子もない展開だろうか。なんという着想だろうか。なんというクールさ。なんという暴虐だろうか。現代文明に潜む狂気とエネルギーを相手取り、凄まじい意欲で書かれたと思われる本書の緻密さと、過激さに、ともあれ乾杯したい気分だ。

(2005.04.10)
最終更新:2007年06月17日 02:08