真夜中の犬




作者:花村萬月
発行:光文社 カッパ・ノベルス 1993.2.28 初版
価格:\760(本体\738)

 花村萬月が、またやらかしてくれた。前作『ブルース』に較べたら斬新さは思い切り薄れるけれど、満月ワールドにはもしかしたら斬新さは要らないのかもしれない、とまでぼくは今回、感じてしまった。作家自らが白状しているように、彼の作品はひたすら深い愛情の、捻じくれた物語であるのだろう。

 出版前は『黄昏れた犬』とのタイトルをお聞きしていたのだが、当の「黄昏れた」という表現はある場面で出て来るだけ。もっとわかりやすい「真夜中の」に変わった理由はぼくは知らない。

 解説で関口苑生氏がこの作品を花村ワールドの集大成だと言っている。先に読み終えていたらしい五条 弾氏も同様のセリフを言っていたが、彼らの言う集大成の意味が何となくわかった。

 これまでの作品はどちらかというと別々の傾向に分かれていた。一つは旅ルポものの延長的青春作品。一つはハードボイルド。もう一つが孤独な殺人者伝記。もちろんすべては部分的に接点があったわけだが、この新作では以上のすべてのモザイクの断片をひとつに纏めてみたような形跡が見受けられる。

 簡単に言えば猫の旦那とイグナシオに似たキャラターが、一緒に旅をして大麻を吸って、過激な暴力と殺しを、これも個性的で片ちんばなヤクザ相手に応酬して行くストーリーなのである。そして萬月氏がいつも言うように、やはりこれは家族より強い愛情の絆を描いたホーム・ドラマであると思う。例によってまともな社会人は一人として登場しない。はぐれ者たちの極度に過激な飢えと行動を描いた、深みがあって歯切れのいい天才的な娯楽小説なのである。

 性懲りもなく、ぼくはまたも萬月さんを絶賛しちゃいます。ラスト・シーンはやっぱりじーんと来ちゃいました。

 何でこんなに人間を描くのがうまいんだろう?

(1993/02/27)
最終更新:2006年11月23日 20:31