憤怒




題名:憤怒
原題:Fury (2001)
作者:G・M・フォード G.M.Ford
訳者:三川基好
発行:新潮文庫 2003.10.1 初版
価格:\781


 主人公の造形という意味では相当に成功している作品であり、シリーズものの書き手として、このフォードというお堅い名前の作家が魅力ある逸材であることがすんなり受け入れられるそういう本である。その主人公とはフランク・コーソというフリー・ジャーナリスト。かつて大物に関わる真実を追求したばかりに新聞社からスポイルされ、今では長髪を後ろで束ね、どこかスティーヴン・セガールに似た雰囲気を醸し出しているという大男。文武両道を地でゆくようなタフな主人公でありながら、その口から出る言葉のすべてが、一度で相手の警戒を解いてしまうような、洒落た軽口の持ち主。何ともライトで、ストレートな、親しみ溢れる主人公の登場、というわけである。

 冒頭で、コーソはかなり存在感のある私立探偵レオ・ウォーターマンと顔を合わせている。そのレオこそが、別シリーズである『手負いの森』(ハヤカワ・ミステリ文庫、三川基好訳)の主人公であるらしい。不覚にもこちらは未読。

 さてシアトルを舞台にしながら、どこかエド・マクベインを思わせるような、視点の切り替わりが軽妙洒脱である。過去のある主人公コーソが破天荒な活躍ぶりを見せつつも、かつての恋人、CNNリポーターのシンシア・ストーン、最後に重要な役割を果たすことになるタグ(落書き)アーティストの不良少年とその仲間たち、新聞社の警備員のおじさん、といった印象に残るキャラクターを配置している。世界の広さをリアルに感じさせる描写と、テンポのよい筆致。おまけに死刑執行6日前、タイムリミット式サスペンスが進行する。誤った証言により捕まった死刑囚の、死刑台への日々すらも、重厚濃密というわけではなく、どこまでも皮肉でブラックな文体で描かれてゆく。

 こうした物語に非常にフィットして際だっている三川基好翻訳も見事であり、ノンストップサスペンスの作品世界に、花がある雰囲気だ。物語の締めくくり方も秀逸で、思わず破顔してしまいそうな印象的なエンディング。やはりマクベインに似たところがあると思う。

 探偵レオのシリーズも、こちらコーソのシリーズも、この作品をきっかけに翻訳を進めて欲しいところ。本シリーズ第二作の翻訳だけは既に決まっているそうである。是非、のし上がっていっていただきたいシリーズだ。

(2004/02/08)
最終更新:2007年06月17日 01:39