水上のパッサカリア


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題名:水上のパッサカリア
作者:海野 碧
発行:光文社 2007.03.25 初版
価格:\1,400




 第10回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品。新人賞の作品は一頃目を通して来たのだが、当たり外れが激しくて、敬遠気味のここ数年だった。何の因果でこの本を手に取っているのか、きっかけは覚えていないが、最近家の中の本が満杯気味で置き場所に困ったせいで図書館を頻繁に利用するようになったことは、そのうちの一つの原因である。買いたい本はどんなに置き場所がなくても買うが、新人賞を取ったばかりのハードカバーを買うほど金にも居住空間にも余裕はない。図書館ならではの本の選択、なのである。

 読み出しが、甘ったるいベッドの追憶で始まる。中部地方の高原らしき湖に面したこれ以上ないほどの理想的なロケーション。打ち捨てられたアトリエ付き別荘を格安で借り上げて、死んだ恋人との追憶に生きる四十男。しかし年季を感じさせる古臭く、情に流されがちな抑制の利かぬ一人称文体が、もっと人生の酸い甘いをやりくりし終えた五十男の視点のように感じられてならない。

 女と犬との思い出については甘ったるいながら、どこかニヒルで人生を捨て去った超越者の気分さえ感じさせる男の過去はいつまでも、温存され明かされず、やたらに家の改装にかけたディテールだとか家具や、盛り場でのどうでもいい獣医との交情などのシーンに費やされる。とても奇妙でバランスの取れない感覚だ。長文、かつ悪文の嘆息の多い文体は、例えるならば高村薫にとても近い。ある時期作者は入れ込んだのではないか、と思わせる拘りが感じられる。

 それでいて、アメリカのサバイバル・キャンプに放り込まれた一時期のことは作中重要な部分であるように思われるのに、ほとんど書かれていない。山中の岩窟に潜んで敵を観察するボブ・リー・スワガーなみのムードも、その後のスローな期待外れの展開に終わるなど、作者は冒険小説に入り込みそうなシチュエーションをとても避けている、苦手なのだろうかと思わせるところがある。

 そう、この作品は超人的戦闘マシンのような日本人離れした主人公を設定したのにも関わらず、アクション・シーンには全くと言っていいほど手ごたえを感じさせない、実は情緒と語りの非常に作者が酔いに酔ったというような、酩酊作品であるらしいのだ。

 そこそこのトラップがプロットの中に仕掛けられてはいるものの、ディテールの長大さの割には報われていない人間描写の浅さが感じられるあたり、高村薫になり切れなかった新人作家の息切れを感じるし、そういう意味での大化けの可能性はあまり余裕として存在しないように感じられる。

 年季の入った書きっぷりと、アダルトを感じさせる悪文、何よりも中年の情緒で覆われた男の非現実的な孤独が、そんじょそこらにいる人とは違うという距離感だけを最後まで滲ませて、湖上にバロックを響かせるセンチメンタリズム。

 思えばその甘ったるさ、アクションへの覚悟の少なさ、などからこの作家が五十代とは言え、女性であるということに気づいても良かった。しかし、中年臭い男の一人称に騙されて、ずっと男だとばかり思っていた。女性への厚みのない、蔑視に限りなく近い視線などは、むしろ女のものであったかもしれない。女性へのここまでの差別感は、女性が抱いているほど、男のほとんどは(特に五十代ともなれば)あまり抱いてはいないと思うのだが……。

 こういう小説作法の人は、自分が本当に書きたいというものを書けない人なのではないだろうか。受賞と作家デビューを目的とした仮の姿であり、その後にもっと肩の力の抜けた自然な作品を書いてくれると、そこらにない力を発揮しそうな予感がないということもないのだろうが……。

(2007/06/11)