珍妃の井戸






題名:珍妃の井戸
作者:浅田次郎
発行:講談社 1997.12.10 初版
価格:\1,600

 前作『蒼穹の昴』の重厚感をそのまま引き継ぐのかと思いきや、何と、ミステリー仕立て。しかも主たる文体は『天切り松 闇語り』以来の独白体。それも複数の人物の独白体で成されているのには驚きである。

 「誰が珍妃を殺したか?」この謎に挑むのが、四国からの使者たちであり、当時の清の状況も踏まえて、国際的な探偵同盟のようなものを組んで証人たちにインタビューを取りにゆくのである。

 こんな形を取ったことで、ぼくらは非常にスムースに当時の状況なり中国現代史なりの概観を、生きた形で捉えることができる。教科書を離れてこうした形になってみると、歴史というものは、いきなりこうした面白さを持って生き生きと脈打ち始めるのである。

 独白口語体によって物語が進められるために、現代史小説でありながらも非常にとっつきやすい。そう言えば、年が明けてぼくが読んだどこかの新聞に、作者のインタビュー記事が載っていた。その中でぼくが注目したのは、作者のこの言葉。世の中には難しい本が多すぎる、中学・高校生が読んでもわかるような形で私は小説を書きます、というような下りだった。これはまさにぼくが浅田次郎に感じていたダイレクトな印象だったから、作者自らこう言っていただけたおかげで、新年そうそう非常に満足な思いをさせてもらったのだった。

 『蒼穹の昴』に比して質量的にはだいぶ物足りないものがあるかもしれないけれど、形を変えてはいても、同じあの時代、あの中国世界の、凛とした空気がひさびさに感じられて、読書というより春児(チュンル)への再会を果たしたような思いで、それなりに充実してしまった。

 この中国現代史世界に繋がる、また一つの大作をこの次には、期待して良いのだろうか? 『蒼穹の昴』が、全然終わった気がしていないだけに、ぜひ次作の誕生をぼくは待ち続けたいと思う。

(1998.01.11)
最終更新:2007年06月05日 00:10