蒼穹の昴







題名:蒼穹の昴 / 上・下
作者:浅田次郎
発行:講談社 1996.4.16 初刷
価格:各\1,800

 「この物語を書くために私は作家になった」との帯の謳い文句はそれなりに強烈な言葉だけど、こういうのは浅田次郎の場合あんまり参考にならないかもしれない。文字どおりの素直な作家でないことは作品を読めばわかってくると思うので……(^^;)

 そんなわけでこの作品、一方のノワール系のユーモア小説群とはがらりと変えた中国小説。と言えば聞こえはいいが、歴史そのものを小説的に楽しむ本と言うよりは、やはり複数主人公による一大冒険小説と言ってしまったほうが正解だろう。

 話全体のまとまりがなんて欠けているんだろうと思わせられたり、いったいどんな話になってゆくんだろうと、先行きの不安定感につきまとわれながらも、テンポの良い(良すぎる?)展開にページは繰られてしまう。とりあえず読んで面白い作家であることは、どのジャンルに移動しても、この作家間違いないと思う。

 日新戦争後、混沌の西太合治世に、日本のある作家が関心をもったきっかけはわからないが、書きたい素材をこの時代、この国に発見したところで、既にこの作品の価値はある高みを実現しようとしていたのだと思う。ふつうならぼくらが決して出会うことのない時空間の物語に出会え、その豊かな世界を楽しく味わうことができる、という小説としての根本的な使命をこの本は果たしている。

 最初は八犬伝みたいなものかと思わせながら、素直に珠玉の運命を使わず、ましてや珠玉など無価値な抽象だと言わんばかりに大がかりな裏技を決めてみせる作者の力量が、この作品の魅力のすべてだと思う。シリーズ化されることを切に待望したい。 

(1996.07.07)
最終更新:2007年06月05日 00:08