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ブルース




作者:花村萬月
発行:カドカワノベルズ 1992.8.25 初版
価格:\760(\738)

花村萬月は90年代の作家だ。 もしかしたら90年代の日本小説の新たな担い手だ。 彼の小説をまだ読んだことがない人はとにかくこの本を読むといい。 なぜならこれまでの花村ワールドのすべてがこの小説には凝縮されて詰まっていると言えるからだ。 それほど渾身の作品であるのだとも思う。

前作を読んだ辺りで、 ぼくは呟いた。あまり書き急ぐなよ、萬月さん、と。 この声が作者には届いたらしい。同じような声を彼が自分の中に聴いたのかもしれない。彼のブルースへの渾身は、小説の渾身に繋がったのだ。やはり彼は作品をおろそかにはしない男だった。

ぼくはこの本でまたひとつ花村萬月の独特なブルースを掴み取ることができた。 彼の書く登場人物には思えば今まで誰一人まともな人間がいなかった。どの登場人物も社会通念というやつに背を向けていた。この小説は、そのことを否応なく再びぼくに思い出させてくれた。 この本には世の中に迎合する人間が一人も出てこない。 花村萬月ははぐれ者たちの哩きばかりを小説に書いているんだ。

そのはぐれざまは驚嘆に値する。 どんなにしたらこんなはぐれ者たちの心根が描けるんだろう? 誰かが小説というのは距離だと言っていたっけ。今のぼくたちの現実からの距離だ、 と。そういう意味では彼の描く人間たちはぼくらの日常からはとても遠い。 とても近くに住んでいるらしきとても隔たった人たち。 彼らが、花村萬月の心の中の住人であるのなら、ぼくは少し背中に震えを感じてしまう。

他の誰にも書けない小説を花村萬月は書いている。 これだけは確かで……

ひとこと言っておいたほうがいいかな。 彼の作品の共通の特徴なのだけど、 ぐいぐい引っ張ってゆくようなストーリー展開みたいなものは全然期待できない。これでもかこれでもかと彼は人間の深みに下降してゆくだけ。ただ、 それだけ。凄みだけで勝負する作家が一人くらいいたって罪にはならんよな。

ああ、東シナ海の、凍えた空気がここまで続いているよお。

(1992/09/01)