天切り松闇がたり  第一巻 闇の花道





題名:天切り松 闇がたり
作者:浅田次郎
発行:徳間書店 1996.7.31 初版
価格:\1,500

 留置場の味が懐かしくなって、わざわざここの夜を過ごしに来たかつての大泥棒が、語る5夜の悪漢連作物語。もはや悪漢小説では定評があるこの作者だが、これはどちらかと言えばドタバタ喜劇の乗りではなく、『地下鉄(メトロ)に乗って』のような、これまた作者特有のノスタルジィの方を前面に押し出した佳品。

 今の世間に対比して語る大泥棒の少年時代、時は大正デモクラシィ。花の東京の風物が素晴らしい描写力で読者を異次元の旅に連れ出してくれ、そこで展開される作者十八番の浪花節感動篇の数々。しみじみ楽しい作品集だなあと感じさせてくれる。

 三人称による大正の物語と、留置場での現代の大泥棒の江戸弁のリズミカルな語り口とが、フラッシュバック形式で移り変わる構成になっているが、その文体の妙も味わいどころ。ぼくには浅田次郎は、文体を味わう作家の一人となっていたりする。

 ちなみに「天切り」というのは屋根を破って侵入する泥棒のこと、「闇がたり」というのは仲間同士にだけ聴こえる小言での会話法。と言うようにタイトルから既に粋といなせが充満する浅田ワールドの一冊である。

(1996.08.03)