見知らぬ妻へ





題名:見知らぬ妻へ
作者:浅田次郎
発行:光文社 1998.8.20 初版
価格:\1,500




 うわあ、悲しい話ばかりよくもこういくつも思いつくものだ。ぼくは8月の比較的混んでいる時期、いつも道東への出張の折に使う十勝川温泉ホテルの静寂の中でこれを読んでしまった。翌日は千歳へ向かい、東京出張。次々とぼくの前に広がる日常生活のよしなしごとの合間に、いつも本という本が別世界というかたちでのしおりを挟む。

 ぼくには比較的ゆっくりできる古い温泉ホテルの畳の匂いの中で、本の中の黄金色の風景は、まさに異次元のしおりになる。しかし、それにしても人の悲しみにはいろいろな種類があるな、とつくづく思い、こうした機微に通じた浅田次郎という作家を怖く思う。

 とにかくどれを取っても悲しいけれど、基本的にはそれは救いのない悲しみではない。どれもが、誰かに暖かく声をかけられたときに、かえってこみ上げてきてしまう悲しみのようなものだ。人との触れ合いだけがもたらすことのできる悲しみのことだ。

 人が過ぎ行き、時が過ぎ行くゆえに、人は悲しいものだ。

 そんなことばかりが、美しい言葉の中で丁寧に紡がれた小説集なのである。いやな作家だなあ、とつくづく思う。逃げ難い、いやあな作家だ、と。 

(1998.11.15)