姫椿





題名:姫椿
作者:浅田次郎
発行:文藝春秋 2001.1.30 初版
価格:\1,429



 浅田次郎は不幸と誠実とを描くのが上手い。中年男の疲労感を描くのが上手い。振り返る若き日の恋人の美しさを描くのが上手い。そしてどこかファンタスティクで、超現実的な世界の魅力的な肌ざわりを描くのが上手い。

 読者の住むリアルな場所から、少し違った時空へとスライドさせることが作家の宿命と捉えている節がある。そしてたいていは彼の作品は成功している。

 ぼくは何度も繰り返して来たのだが、彼は天才短編作家なのだ。日本語という、残響の感じられる「間」の言語に似合った、言葉少なに語られる小さな佳品たち。長編を読んでも、いつもどこかで短編集のように思える彼の作品。だから逆に短編集を読んだときには、それら短編らは、どこか地続きの物語であるようにも思えてくる。

 疲れた中年や初老の世代、不幸な少女や人生の影を、浅田メルヘンのフィルターで濾過して美味しくブレンドしたようなこの短編集。何という深い味わい。こく。薫り。

 最終ページを閉じるときに胸の内に何か暖かなものが膨らんでくるような一冊の短編集。『姫椿』はそうした美しい浅田短編集のまた新しい一冊であった。

(2001.03.18)
最終更新:2007年06月04日 23:11