なで肩の狐




作者:花村萬月
発行:徳間ノベルズ 1991.11.30 初版
価格:\730(本体\709)

 花村萬月は、ぼくより一つだけ年上。この世代でハードボイルドや冒険小説の書き手というのはあまり見当たらなかっただけに、この作品で、かなり好みを満たしてくれるできのいい若手作家に巡り合えたということは、ぼくにとってなかなか衝撃的であった。本当にできのいい作品だと思うし、本当に魅力的なキャラクターである。昔、小林秀雄だったか、「できのいい小説というのは読者を食ってしまう小説である」みたいなことを書いていたように思うが、この本は乗っけから人を食ってしまう。ページを開いた途端に花村ワールド。萬月の浩々たる光にぼくは心を病んでしまいそうになった。

 作品は元ヤクザと元相撲取りが、ヤクザ組織内部の泥沼に巻き込まれて、転がり込んだ現ナマを持て余しつつも、死闘を展開してゆくという構図になっている。舞台は新宿に始まる。『新宿鮫』と同じ舞台ではあるが、むしろ谷甲州氏の『低く飛ぶ鳩』に近い場末の空気を感じさせられたのはヤクザという設定が似てるのか、大人びて淡々としたハードな暴力の香りが似ていたためか……

 泥沼から逃れて、主人公たちは次に一路北海道を目指す。

 天塩郡豊富町……

 なんという後半の舞台だろうか。石狩川を北に渉って、峻険な雄冬岬を越え、サロベツ原野へと向かう旅路のすべてが瞼に浮かぶ。これはぼくが個人的にとても親しく馴染んでいるコースなんだ。サロベツは今のところぼくが世界で最も好きな土地なんだ。何という場所に物語は展開してゆくのだ。

 ページは薄いが中身はなかなか濃い。ちゃんとしたハードボイルド小説。それでいてちゃんとした冒険小説でもある。とにかく中弛みのない話だし、キャラが生きているし、描写に迫力もあるし、もちろんユーモアもあるし、面白く、楽しく、一気に読ませる。大沢在昌の『新宿鮫』シリーズってけっこう面白かったのだが、実を言うとぼくには生理的に肌の合わない感じもした。少し生活レヴェルでの作者の甘さみたいなものを感じもしたような気がする。しかし花村のこの作品を見る限り、この種の文体はぼくには感覚的にしっくりきて、よく馴染む。ぼくには花村萬月の色あいの方がずっと好みなのだ。

 取り敢えず彼の作品は全部要チェックと決めた。あくまで日本を舞台に据えての、第二の志水辰夫なんてところを目指して欲しいものだ。

 しかし、実際に見た作者と、本の写真のイメージはかなり違うなあ(^^;) 花村もギタリストなんだなあ(^^;)

(1991/12/28)
最終更新:2006年11月23日 20:23