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霧笛荘夜話





題名:霧笛荘夜話
作者:浅田次郎
発行:角川書店 2004.11.30 初版
価格:\1,500




 もうこの人の短編集を読むのはやめよう、という気になっていた。どこを切っても、もはや同じ木目が現われるばかりで、斬新さに欠け、冒険心に欠け、いいところに落ち着いて、形の変わらぬ作家となった、との印象が最近は増してきた。

 惰性で図書館に予約していた分も、流すつもりで取りには行かなかった。ところが一週間で流れるはずの予約なのに、再メールが舞い込んできた。

 田舎の図書館である石狩市図書館の誰かが、他に待っている人もいるはずなのに、怠惰な自分に知らせてくれた。こうなっては、取りに行くだけは取りに行こうと、吹雪の中に車を出した。そういう季節なのだ。それでも持ち帰ったこの本を読むかどうかは、決めかねていた。

 そんな矢先、たまたま週半ばで発熱し、会社を休んだ。今週予定していた本を、病床で読み終えた。だから余った時間をついでのように手に取ったのが、本書であった。

 どうせ、いつもの同じ木目の短編集だろう。なぜ『紗高楼奇譚』に入れ込まなかったのだろう。出版社が違うせいだからか? などと皮肉に思いながら、頁を開いた。熱に浮かされつつ、一作一作を読んでは、眠った。短編小説は、具合の悪い身には、ちょうど手ごろな癒し効果を発揮したと思う。

 何故か最近になく、浅田が昔のようにクールで残酷な話を書いているような気がした。抉り方が深い、とでも言おうか。昔の浅田は、『日輪の遺産』くらいに残酷な話を平気で書いた。血も流れた。最近では、時の経過や人のやさしさの面にばかり慈しみが行くようになり、甘いと思っていた。ましてや超常現象を駆使されたりすると、なおのこと、着いてゆけなかったから、日本の時代史に沿った、多くの人間たちの、様々な職業の生き死にを、こうして並べた短編であれば、思いのほか熱の間に間に、物語が自分をけっこう打ってくる気がした。甘くない話は、やはり響きが強い。

 熱のせいかな、と思いつつも読み終えて本を両腕に持ち、とくと眺める。その頃には、けっこうこたえる本だったな、と意外な感想を持っていた。浅田短編集の読み収めとするには、けっこうな本だったし、その後をも迷わせるくらいだった。

 今日になって感想を書こうというときに、和さんの感想を読み返すと、何と、驚いたことにこの本、最初の三作は何と十年前に書かれているそうで、その後、完成を見るのに十年かかっているではないか。

 どういう事情があったのか知らない。途中で、前三話に比肩するいい話が出来上がらなくなってしまったのか? それとも作者の気分が変わったのか? それとも、書いてゆく方向性に迷いが生じたのか? いや、単に他の作品で多忙となったのか?

 いずれにせよ作者はこれをどうにかして、一冊の本に纏めたかったのだ。十年後になって残りの話を書き終え、さらにまとめての落ちをつけて、本を完成させた。

 最近の浅田短編集とは少し感じが違う。そもそも、最近のものとは同じ木目ではなかったのだ。自分のような愚鈍な神経でも掴めるほどに、何らかの違いが生じていた一冊だったのだ。読み納めにはそれなりに切りがいい。後ろ髪を引かれるくらいが、ちょうどよいのだ。

(2005.03.20)