震度0(ゼロ)





題名:震度0(ゼロ)
作者:横山秀夫
発行:朝日新聞社 2005.7.30 初版
価格:\1,800




 横山秀夫久々の長編である。例によって関東の地方都市らしき架空都市を舞台に、ある運命の朝が明ける。『半落ち』と『第三の時効』を掛け合わせたような作品が始まる。優秀で周囲から信頼も篤い一警察官が失踪する。この警察官に何があったのか? という興味で引っ張ってゆく『半落ち』的部分。そこに、部暑間対立と、出世争いの醜さに焦点を当てた警察署内部の過度と思われる競争が、『第三の時効』に似た部分。

 さらに詰めているのが、官舎を舞台にした警察幹部の妻たちの暗闘。なんともリアルで、本事件を語らせるには異色の切り口だが、これが横山の新機軸であるのかもしれない。時間軸にに沿って、失踪が明らかになってゆくが、それはまさしく運命の日。なんと、阪神淡路大震災の朝であったのだ。ここにジャーナリスト出身である作者のこだわりがあるのだろう。

 御巣鷹山日航機墜落事故に関しては、作者自らの山頂の体験を小説に結ぶつけるために、長年温めてきた作品構想を『クライマーズ・ハイ』という形で実現した。また歴史上の事実を掘り下げて、人間魚雷回転の真実を描ききった異色長編『出口のない海』で読者を驚かせた。その後横山秀夫は沈黙期間に入った。そして新しい素材は、なんと阪神淡路大震災であったわけだ。膨れ上がるニュース画面での死者数。ぼくらが経験したあの日々の数字への麻痺感覚を意識させながら、この事件の担当刑事たちは一人の警察官の失踪事件に没頭し、徐々に葛藤を膨らませてゆく。このマクロとミクロの対比が、滑稽で、クールで、たまらなく胡散臭い人間悲喜劇を演出するのだ。

 事件そのものはミステリ色を帯びてはいるものの、まるでフリーマントルのチャーリー・マフィン・シリーズみたいに、組織内部での暗闘が事件をしのぐような重いストーリーになっている。描写そのものは、警察署内と隣接する幹部官舎から一歩も出ることがなく、時刻表示入りの分単位で進んでゆく。時間スケールと、場所構成のスケールを往還させてのコントラストの中で、一つの謎深い事件をこうして纏め上げる力量が、この作品の見所なのだろう。

 いつもたいてい事件。その背景に人間ドラマ。横山秀夫のジャーナリスティックな視線は変わらない。手法において新しさがある作品だが、書かれているものそのものは、まさにいつもの横山以外のなにものでもない。長編だが、短編のように切れ味鋭い文体が、自在に踊る小気味よい小説である。

(2005.7.24)
最終更新:2007年06月04日 00:53