出口のない海


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題名:出口のない海
作者:横山秀夫
発行:講談社 2004.08.09 初版
価格:\1,700

 スローカーブ、シュート、あるいはナックルボール。いや、それ以上に魔球と言ってしまいたいくらいの小説を数知れず世に送り出している横山秀夫という作家が、たまにこれでもかというほどのストレートの速球を投げてくる。こちらは、空振りというよりは、バットが迷う感じでそのまま振ってゆく。きれいにキャッチャーミットに収まったボールの快音を心地よく耳に残して。

 本書は魔球ではない。これ以上ないほどに、けれん味のない真っ向からの反戦小説である。太平洋戦争突入から始まって、終戦直前まで続いた日本の短いが過酷であった戦後への道程に、人間魚雷<回天>という特攻武器があった。魚雷そのものに人間を搭載して敵艦に体当たりするという蛮勇以外のなにものでもない、ある意味愚かの象徴とでも言うべき兵器が。

 本書はそれに乗って海へ漕ぎ出さざるを得なくなった大学野球投手の死への道のりである。出口のない海へと漕ぎ出して、死によって<回天>の歴史を、戦の愚かさを、人間の狂気を、後世に残そうとした青年将兵の遺志。それが本書を書かせた何ものかであるのかもしれない。

 ミステリーではなく、ただただ小説という証言や告発の一形態であり、それはある意味現実であり、再現であり、歴史である。ただし、これを書き貫くのがいつもの横山秀夫の抑制の利いた文体であるということ。あの独自の快さに包まれたリズムで表現された歴史であるということ。

 横山秀夫のあの警察ワールドも謎解きの深みも、何もありはしない。娯楽小説ですらないのかもしれない。

 戦地へ向かう直前、なけなしの夢を紡ぐユーモラスな試合ぶりが感動的である。

 <ボレロ>という店に何度となく集まる仲間たちの交流が時代の陰影をより濃く刻み込む。

 そして手紙で紡がれる絶望的な恋情。

 短編作家が絞りに絞った文体で抉り出す、時代の狂気と悲壮。横山秀夫という作家がなぜこれを書いたのか、なぜ今<回天>であらねばならなかったのか? そのこと自体がとてもミステリアスな斬新さに満ちて見える。

(2004.10.29)