クライマーズ・ハイ






題名:クライマーズ・ハイ
作者:横山秀夫
発行:文藝春秋 2003.08.25 初版 2003.9.20 4刷
価格:\1,571

 横山秀夫と言えば警察小説。横山秀夫と言えば連作短編小説集。そういう強いインパクトあるイメージを払拭して、いろいろなものに初挑戦してみせた初の非横山秀夫的長編小説と言っていいだろう。

 もともと文章はそっけないほどに簡潔でうまい。日本語を使いこなしている印象がある作家だ。行間が伝わってくる文体。だからこそ短編の名手足り得るのだと思う。多くの書かないことで成立する奥深い世界。デリカシーに溢れる情感である。

 その作家がこの一冊で、よくぞここまでいろいろなことに挑戦してみせたものだと思う。まずは警察小説ではないこと。著者の経験を生かした、地方新聞社の物語。それもD市やR市ではなく、群馬県内とはっきり明記された新聞社。

 事件も現実に基づいたものであり、その題材は何と日航機墜落事件。御巣鷹山に墜落したことで、上野村役場に報道の前線基地が敷かれ、地元の地方新聞社にとっては一生に経験できないほどの大きなニュースとなる。連合赤軍、大久保清事件以来の大きな事件。新聞社が沸騰する様子は、いつもの警察内部の職業的戦いをより鋭くスライドさせ、リアルこの上ない。

 その新聞社の夏を描く一方で、谷川岳一ノ倉沢衝立岩に挑む二人の男の姿がある。これは現代。あの御巣鷹山の事件を振り返りつつ頂上を目指す初老の男と、その息子のような若者のパーティ。

 繋がりが徐々に見えてくる構成である。どれも群馬県内だけに展開する、言わば作者地元の領域の物語であり、作者のこだわりの職種であると思う。時代という壁の向こう側を今一度垣間見るために、世界一死者を呑み込んだ難ルートに挑む主人公の長く熱い背景の世界の深みが、何ともこたえられない味わい。

 これほど抑制の利いた物語が、ラストに落涙を余儀なくさせるほどの感動を呼んでくれるとは。日本小説もここに極まれリ。大きな難ルートに見事に挑んだ横山秀夫、畢生の大作と言いたいところだけれど、この作家まだまだこんなものではあるまいという気持ちの方が、ぼくには強過ぎるから困ってしまう。

(2003.10.26)
最終更新:2007年06月04日 00:32