臨場





題名:臨場
作者:横山秀夫
発行:光文社 2004.04.20 初版
価格:\1,700



 横山秀夫は小説作法が上手くて、ことにその短編の味わいは今日本の旬だと言えるくらい大衆に評価され、ゆるぎないスタンスを築き上げている作家であると思う。だからこそ信頼して読み、そしてその一冊一冊をまぎれもなく楽しんでいるのだけれど、それでは毎度毎度書店に足を運んで新作を買い揃えていち早く読んでいるかと問われれば、そうではない。

 ご覧のように大抵図書館に申し込んで、予約が回ってくるのが人気作家ゆえに半年後が当たり前の世界、なのでいつも30人から40人の予約者の列の最後尾に着くという状況であり、しかもそれが苦痛でもない作家だというのが、ぼくの中では妥当な線なのだ。

 さほど急いで読みたい読みたいと騒ぐほどの派手な作家では断じてない。それでも読まずに見送るには惜しい。そうした渋みの感じられる、地味ではあるが確かな作家だとしか言いようがないのだ。

 さて、本作のタイトルは「臨場」。「臨場感のある」などというが、ここでは「犯罪現場に臨む」という非常に限定された意味での「臨場」。警察用語であるらしいが、やはり一般人には耳慣れない。

 しかしそんなことはともかく、今まで横山秀夫は鑑識を主人公にしたことがなかったか、との疑問は沸く。警察という組織に属する多くの部署の人間のなかにドラマを見出してきたこの作家が、こともあろうに、鑑識や科研という今ではジェフリー・ディーヴァーあたりによってすっかり表舞台に出てきた感のある職種をここまで抜擢してこなかったというほうに意外さを感じる。

 しかも本書の主役である倉石というまるで外見はヤクザ、性格は最悪、しかしパーフェクトな初老のプロ、という人間そのものにいかにも魅力が溢れる。女にはもてるし、部下にも敬われる。あまり詳細を描かれないだけに噂が独り立ちし、それぞれの連作短編作品に色濃く彼の印象だけが影を落としてゆく。存在感のある主役、という奴である。

 そうした渋みのある小説である故に、信頼され、読まれるのだろう。かといってわれがちにと書店へ急ぐほどの凄まじく面白く楽しい作品というわけではない。さじ加減を知ったプロの小説ということができるだろう。倉石のプロフェッショナリズムに、どこかこの作家の職業意識が重なって見える。

(2004.10.04)
最終更新:2007年06月04日 00:25