影踏み






題名:影踏み
作者:横山秀夫
発行:祥伝社 2003.11.20 初版 2003.11.30 2刷
価格:\1,700

 横山秀夫も様々なバリエーションを使っていると思うが、本書は例によって作者得意の連作短編集。主人公を変えて複数主役を配するタイプの連作集ではなく、同一主人公による連作短編集というのは、『顔』以来だろうか、いずれにせよ、この作者には珍しい部類である。

 この連作集は一人の魅力あるキャラクターを造形したところに、まず第一の成功があると思う。その職業は「ノビ師」。いわゆる寝静まった家に忍び込ぶ泥棒のこと。空き巣のように誰もいなくなった家ではなく、家人の全員揃ったところを狙うといういわゆる難物の泥棒であり、その筋では名の通った名人である。プロの盗人であるから、刑務所を何度も往復している。

 しかし普通と違う設定であるのは、死んだ双子の弟が脳内に住み着いていること。頭の中のディスカッション。科学的に言えばショッキングな事件で一家を失い、そのPTSDかなにかで多重人格障害に罹った人であるのかもしれない。多重人格ならではの並外れた能力(この小説の場合は優れた数字記憶力)も発揮する。当然ながら横山秀夫はそんな解説はせずに物語を進めてしまうのだけれども。

 この物語はお勤め明けのシーンから始まる。二年ぶりの娑婆。弟と奪い合ったかつての恋人の存在がある。犯罪者の側から見た地方の町は生まれ育った故郷でもあり、幼馴染の刑事もいれば、ムショで知り合った同業者、あこぎな組織もたっぷりと徘徊する。

 一つ一つの物語ができのいい短編小説として自立しているのは、横山小説のいつもの習いだが、同時に主人公を深く掘り下げてゆく役割を果たす。兄弟二人が行動しているかのようにいつも脳内では仮想のやりとりが交わされるが、兄は基本的に自律した行動を起こす。頑固でタフで冷徹なプロフェッショナル。犯罪者の側から描いた横山作品というだけでも、味わい深いものがある。

 そして犯罪者なのに多くの事件の真相を探り当てる能力を持っている。まるでアウトロー探偵のように、卑しき町を歩んでゆく。多くの人間たちの打算や欲望とともに、眠静まる真夜中の町を。

(2004.05.05)
最終更新:2007年06月04日 00:22