動機





題名:動機
作者:横山秀夫
発行:文芸春秋 2000.10.10 初版
価格:\1,571

 『クライマーズ・ハイ』では、作者が1985年の夏に御巣鷹山で目撃した凄惨な<この世の地獄>を小説にしたものなのだが、現実にあった残酷を、小説と言う客観の形に成し得るまでに実に18年を費やさねばならなかったという。さらに、御巣鷹山の現場から離れた部署で活躍する男を主人公に据えて、現実を多くのフィルターで濾過せねば気が済まなかった。

 以上は、『日経ビジネス』最新号で、横山秀夫自身が延べていることの意図的な要約、つまり意訳みたいなものだ。いつか書きたい真実の体験と小説と言う普遍的なスタイルを擦り合わせるのに、彼の持つ小説作法はこれだけの歳月を費やした。ある意味無骨、ある意味誠実な作法なのだと思う。

 また『日経ビジネス』のインタビューでは、作者が常に仕事に取り組む形での主人公、あるいは仕事に取り組む集団、群像を描くのは、人間が仕事に費やすときの赤裸々なものをベースにミステリーを創り上げたいがためであるらしい。仕事に取り組むときに、縛りが多くより丸裸で生々しい職業として警察がミステリーにフィットすると言う。

 確かに本書『動機』は中短編集であるが、表題作『動機』は生々しい警察官を描いて輝いている。本書の風変わりなところは警察という仕事のみならず、一作一作、異なった職業、境遇の主人公設定である。

 この作品集のための書き下ろしであり、殺人犯の刑期終了後の生活を描く『逆転の夏』は、神保裕一『繋がれた明日』のより一層スリムでタイトなバージョン。『ネタ元』は作者等身大の地方新聞社の取材争いを軸に。『密室の人』は珍しくも判事を主人公に据えて法廷を別の角度から抉る。

 いずれもミステリーという枠で描かれながら、その範疇を越えたところの人間ドラマを沸騰させる意味では、いつもの横山秀夫ワールド。作者にとっていつも書かれねばならぬことの方がミステリーを追い越してゆく気がする。作家的『動機』を強く感じさせる作風はこの時代から今に至るも全然変わらない。

(2003.11.16)
最終更新:2007年06月04日 00:13