理由はいらない





題名:理由はいらない
作者:藤田宜永
発行:新潮社 1996.5.20 初版
価格:\1,500

 さて『美しき屍』\2,400と『理由はいらない』\1,500のコスト・パフォーマンスから入りたいと思う。決して『美しき屍』が駄作っていうわけではない、むしろよくできた作品だと思う。しかしシリーズ4作中の一冊であり、かつ再版である。一方『理由はいらない』は短編集で、初出はいずれも『小説新潮』1994-1995年の一年間に渡って書き綴られた6作をまとめたもの。結論から言えばぼくは後者の方に価値を見いだしてしまうのである。それも断然。

 以前『じっとこのまま』という洒落た短編集に感動して、藤田宜永の巧さ、良さをつくづく知った。そう、ぼくはこの人の作品は長編から入ったのだけれども、実は短編のすっごい名手なんである。そういう短編の名手であれば、いや短編作家なんかでなくても、一人のハードボイルド作家は、自分なりのこれはという私立探偵を抱えておきたいのではないだろうか。矢作のマンハッタン・オプや二村も然り、大沢の佐久間公も然り、原りょうの沢崎、逢坂剛の岡坂神策、稲見一良の猟犬探偵然りだろう。

 『理由はいらない』の主人公・相良次郎はまさにそういうイメージの探偵である。しかも藤田宜永という作家を代表する主人公としての探偵になってゆくだろう。そのような予感がするのは、一つ一つの短編が断片として良いからという理由ばかりではなく、この相良次郎のキャラクター造形に思いの他、力が入っているように感じられるからだ。

 小さな古臭い侠客であった父の思い出を主人公は抱えているのだが、それだけでもけっこうずしりと重い過去だ。「流転する他人の心の中を旅する運命にある探偵」と彼は自分の職業のことを語る。それでいて「私は両親の心の中を旅することはできない」とも。探偵にしてはかなり存在感がありただの傍観者足り得ない。そこに藤田宜永の心の宿った探偵であることが感じられる。

 シリーズ二作目の『動機は問わない』も版元を徳間に替えて出ているようだ。一流の短編集。次作にも期待である。

(1996.12.22)
最終更新:2007年06月03日 22:28