ゴッド・ブレイス物語




作者:花村萬月
発行:集英社 1990.2.25 初版
価格:\1,000(本体\971)

 第二回小説すばる新人賞受賞作ということで長編というには足りない表題作に、書下ろし作品『タチカワベース・ドラッグスター』を付け加えての一冊。いわゆる花村萬月のデビュー作ということなんだろうか? このところ手に入った花村作品を次々に読んでいるので、花村萬月作品を連続して紹介したいと思っている。ただし冒険小説とかハードボイルドとひとことで言い切れるのは『なで肩の狐』(紹介済み)と『眠り猫』だけで、あとはどちらかというと青春小説というようなジャンルに当たるのかもしれない。でも、どの本もぼくのような世代にとっては、ジャンルの隔壁を作りたくなくなるような、ある熱い匂いに充ち充ちている。

 『ゴッド・ブレイス物語』
 花村作品にある種共通のテーマともなっていると思われる、女の母性みたいなものがそこここに男側の餓えとして感じられる。女性一人称の文体でありながら、だ。施設の、愛と連帯に餓えた子供たちと、若くひねてはいるが限りなく母に近い女たち。この二種類の人格は何度も繰り返し花村作品に登場するみたいだ。中学卒業後全国を放浪と、著者紹介に書かれている花村萬月は、孤児で施設経験者なのかな? そういう意味も含めて様々なタイプの世の中からはみ出してしまった男たちが、脇を固める。

 本書はそんな連中のロック・ブルース・バンド<ゴッド・ブレイス>の旅物語。騙されて、金もなく、やくざな世界に片足踏み込んで、楽器を磨く……そんな模様がただ綴られるだけの淡々とした作品で、今の花村作品ほどには娯楽性がないのだが、あくまで人間描写ひとすじといった心意気は既に感じられる。

 ステージ上から客席を見てのバンド側からの感覚というのは、経験したものにしかわからないものかもしれないが、この作品はその熱い空気がクライマックスとなる。ぼくは二十歳頃いろんなバンド活動をやっていたし、ぼくの死んだ弟はジャズにすべてを賭けていた。外れてゆく者の気持ちがほんのちょっぴりわかるような気がして、ぼくには個人的には少しだけ心の繋がる作品だった。

 『タチカワベース・ドラッグスター』
 ぼくは幼い頃、ある叔母を訪ねて、年中ジェットの轟音にまみれたタチカワの街に出かけていた。やがて叔母はベースの兵隊と結婚しテキサスに渡った。ベトナム敗戦後彼らはハーフの、天使のように可愛い娘二人を連れて日本に帰ってきた。その後の5年ほどの滞在の間、ぼくは何度もタチカワベース亡き後のヨコタベースを訪れた。ヨコタベース内ではビールやジャックダニエルの値段も安いし、麻薬捜査が厳しくてホールドアップの光景もざらだった。そういう治外法権の空気をそのままに、描かれた二輪のゼロヨン・レースの顛末を描いたのがこの短編である。

 夏の夕方、叔母のハウスでは、庭で堅いアメリカンステーキを頬張りながらビールを飲んだこともあるし、この作品のように七面鳥三昧のクリスマスを過ごしたこともある。フェンスとゲートの向こうでは、日本であって日本ではない独特な場所の空気が味わえる。こいつもまたごくごく個人的に好きなってしまう作品なのだった。

参考までに付け加えておくが、ゴッド・ブレイスというバンドは、後の花村作品『渋谷ルシファー』にも再登場する。

(1992/01/25)
最終更新:2006年11月23日 20:13